第3章 隣の席、いいですか?

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ずっと、ずっと宴会が続いてくれたらいいのにって、本気で願った。 そんなのありえないけど、でも、一分でも良いから成人式っていう時間が長くなったらいいなって。 「平気か? お前、本当に顔が真っ赤になるタイプなんだなぁ」 すっごいいっぱい話せた。 あの後、岳先生は他へ移動することなく、ずっと隣にいてくれた。 俺の子どもの頃の話をたくさんしてくれたけど、俺は少し照れ臭くて。 そしたら、今度は俺の今の仕事のこととか。 普通に今の先生の日常とか。 今は三歳児をみてるんだけど、毎日面白いって。 あと、今でも腕に子どもがぶら下がってるって笑っていた。 だから、四十のおっさんなのに腕の筋肉だけは二十五の時と変わらないとか。 その腕が俺の腕にちょんって触れる度に、心臓が飛び跳ねて、一瞬、記憶が飛びそうになる。 でも、もう岳先生とこんなふうに話せることなんてないだろうから、飛びかける記憶を必死に鷲掴みにした。 岳先生の顔、今日限定のヒゲ、声、あと、たまにぶつかる腕。 全部、ずっと忘れずにいたくて、真っ直ぐに先生ばっか見つめていた。 「千鳥足、ほら、腕に掴まってろ」 「へ? え? いいって」 「よかねぇよ。ほら、人目なんて気にすんな」 気になるだろ。俺も先生も男なんだから。 「転んだらどーすんだ」 「平気だって」 もう五歳児じゃねぇから、そんな面倒見なくて平気だよ、先生。 「平気だってって、あたっ」 「ほら、平気じゃねぇだろ」 何してんだよ、俺の足。 排水溝につまづくとかコントでもありえねぇ。 好きな男子に色仕掛けのひとつとしてボディタッチを狙う女子だって、もっとまともなこと考えるぞ。 っていうか、男同士だからこそ、先生は色仕掛けとかそっちのことを考えないのか。 俺が女だったら、宴会のラストまでいなかったかもしれない。 保育園で大人気の先生が元受け持っていた園児と怪しまれるようなこと、あっちゃダメだもんな。 そっか、男だから、まずそういう関係に発展することがねぇから、こうして腕にも掴まれって言ってくれんのか。
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