第4章 恋の輪郭

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「泣くな。勇人よ!」 「……うん」 「先生より、良い男なんてゴロゴロいる」 「……」 「うん、でしょ、ここは」 うん、って言えない。 だって、あんなふうに優しくて温かくて、くしゃっと笑う人なんて俺知らねぇもん。 「なぁ、なんで、こんなに好きなんだろ……」 「知らないよ、そんなの」 それがわかったらいいのに。 子ども心にさ、大人で優しくて強くて楽しい先生だから好きっていうだけでおけば、初恋の淡い甘い感じに楽しく浸ってられるけど、成人式の宴会で一緒に並んで話して、なんか普通に好きな人だった。 頻繁に会えるわけでもないのに、心の中にずっといる人。 面影だけなら、胸の中にある感情だってぼんやりとした輪郭だけを見ていられたのに。 あんなふうにいっぱい色々話したらさ、ぼんやりどころか、すぐ隣で話す先生の横顔、仕草、視線、指先、全部をしっかり見てしまった。 見て、ぼやけた輪郭だけをかたどっていた淡い恋心が、はっきり目に見える「恋」になった。 「はぁ……」 憧れっていうのが混ざらない、本当に本心から、好きな人だったんだ。 っていうか、俺、そしたら、今からこの淡かった恋が「恋」に変わったばっかなのに、それを諦めるってことをしないといけなのか? それって、けっこう大変な作業じゃね? ずっと片想いでもいいんだぁ、なんてのんびり構えていたのに、あの時、想いが溢れて言葉になったのは、そういうことだろ。 伝えたいって思うくらい、本当に好きなんだってことだろ。 こんなふうにウダウダ考えてもう約一週間をやりすごした。 「今から……」 マジで? もう、諦めるのか? 「そうだ。今からだ」 「へ?」 神の声かと思った。 振り返ると同じ部署の先輩、吉橋(よしはし)さんが腕捲くりをしている。
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