第1章 愛しい、ひげ

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遡ること数時間前、俺は地元の居酒屋にいた。 「うおー! きょうから酒、堂々と飲めるぜー!」 「はぁ? なんだ? それ、酒、二十歳前に飲んでたなんて、おっ前、不良だな」 成人式 あまり着たことのないスーツがぎこちない奴、ちょっと派手な奴は袴とか着て。 女子で振袖の子は華やかですげぇ綺麗だった。 花みたいに色鮮やかで、白いフワフワした綿毛みたいなのを首に巻いて、同じ小学校、中学校の奴らだったのに、一見しただけじゃわからないくらい見違えるほど。 でも、そんな花みたいだった女子は着物のままじゃ、さすがに同窓会も兼ねた宴会には参加できねぇから わざわざお色直しをして、頭だけてんこ盛りのまま、ドレスに着替えて再登場だ。 化粧しているから、誰が誰だか、あんま正直わかっていない。 そんな変身した女子に、男子の何人かは飛びついている。 宴会には中学校の時の先生も来てくれた。 全員じゃないけど、幹事の奴の担任、だと思う。俺は現国の時にしか会わなかったけど。 「あ! 勇人! あれ! あそこにいるの、同じ保育園の子じゃない?」 「? あ、ホントだ。つか、本田だ」 「……何それ、勇人、オヤジギャグ?」 「うるせぇよっ!」 地元だから同じ保育園の奴もいた。 純(じゅん)と一緒になって、あれは誰で、これは誰って、昔の記憶を引っ張り出して、名前を言い当てるのが楽しい。 地元にはいるけど、純も俺もあまり普段は他の奴らと交流していないから。 「勇人は? ビール? サワー?」 俺も純も、ゲイだから。 ゲイなことを隠してるから、どっか、そこまで地元とどっぷり仲良くしていない。 「んー……ビール苦手、サワーにする」 俺たちはお互いにゲイってことを随分前から認識し合っていて、唯一なんでも話せる親友だ。 ゲイだけど、純のことは一度も恋愛対象として見たことがない。 純もそう。 あれと同じだ。男女間でも絶対に恋愛に発展しないふたりってやつ。 「そっか。俺は、どうしようかなぁ。日本酒にしようかな」 「は? マジで? お前って、酒飲めんの?」 なぜかそこで黒い笑みを浮かべる保育園の頃からずっと一緒にいた幼馴染の純。 少し長めの髪をなびかせながら、なぞだけど、笑ってる。もう酔ってんじゃねぇ?
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