SS6 再動(上)

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 ――夕日の沈む逢魔が時  湖上に一艘の舟来たる。  その舟無人で……  …………  不思議な唄を口ずさむのは、ブリーチしただけの白っ茶けた髪を、片側だけ耳かけにしたショートヘアの小柄な少女、立川絵里香(たちかわえりか)。  夜風に当たりながら気分よさそうに身体を上下させてリズムを取る。  絵里香は二ヶ月前の八月、相沢グループが開通させた峠の山頂に来ていた。  ここには大きな展望台があり、夜は絶景の夜景スポットになる。  時刻は深夜零時前――  イルミネーションのような街の灯りに、まるで落ちてきそうなほどの星空。  十月中旬の風は清らかで、木々のやさしい香りも運んでくれる。  展望台を囲うフェンスに手をかけ、ひとり背を向けて夜景を眺めている絵里香は、どこか懐かしそうに憂いを帯びていた。  同じ歌をまるで風に乗せるように、今度はハミングで歌う。  絵里香はここへバイクで来ている。  今年の五月に十六歳になると、すぐに二輪の免許を取り、かねてより熱望していたNSRを手に入れたのだ。  手段は簡単。親と約束していたのだ。  ――県内トップクラスの高校に受かったら入学祝いにバイクを買ってもらう、と。  そのため、はるか彼方に霞んでいた合格ラインに向けて二年間血のにじむような努力をして偏差値を上げ続けると、いつしか中学校で一位の成績を取るようになる。  ニンジンを鼻先にぶら下げられた馬のように走り続けた結果、無事受験に成功し、今年遂にNSRと言うニンジンにかぶりついたのだ。  だが、ジャジャ馬だったのはバイクのほう。教習所で乗ったバイクに比べてはるかに乗りづらかった。  最初は2スト250CCのピーキーさに苦労し、何度も振り落とされそうになっては肝を冷やしたが、それでも毎日、この峠とは反対側にある古くから走り屋のメッカだった峠を走り込むうちに、いつしかダウンヒルでも臆することなく攻められるところまで鍛えられていた。
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