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「サイドブレーキが何? どうしたってっ?」
いや、もういいや、何でもない! と面倒になって聞くのを諦める。……スピンターンを使わない春樹としては、やたらと多用しているのが気になるが。
そして翔子は一切の手抜き無く全開のダウンヒルアタックを終えると、麓のパーキングでUターンし、今度はクールダウンも兼ねてゆっくりと峠を上って行った。
「どう? ……ダウンヒルの参考になったかしら?」
小気味良いシフトチェンジで坂をグイグイと上らせる翔子をチラリと見ると、うーんと春樹は答えに悩む。参考になったと言えばなったが、結局は自分で走らせてみない事には何とも言えないのだ。だからその旨を告げると、「まあそうよね」と短く言われ、今度は春樹の方から全く別の質問をした。――ずっと気になっていたのだ。
「なあ。……どうしてそんなに速いんだ?」
そう、その速さの根幹を知りたかった。すると翔子は一瞬だけ困惑に眉をひそめると、前を向いたまま速度を緩める事無く静々と話し出した。
「まあ春樹には話してもいいか。……いい? 他の人には言わないでよ? ――確実に引かれるから」
引く? ――聞いてみない事にはわからなかったが、約束は守るつもりで「ああ」と答えた。
「私ね、五歳の時から兄と一緒にレーシングスクールに通ってたのよ。……バイクは父が危ないからって乗らせてもらえなかったけど、車は何でもやったわ」
カートから始めてジムカーナにサーキット。……ダートコースもお手の物よ――そう話す。
なるほど、それであの走りか。……引くどころか春樹には羨ましすぎる走りの英才教育だ。だが――
「でもね、女ってだけで、周りには白い目で見られるのよ。……どんなに努力したって結局評価されない。……速い女なんて、男にとったら目の上のコブなのよ」
「……そんな事ないだろう。少なくとも俺はそうは思わない。速さに男女差なんて無いだろう? そうやって線引きしているのは、翔子の方なんじゃないのか?」
いつになく相手の気持ちを考えずに勝手な事を言う。――だが翔子は不思議と悪い気がしなかった。
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