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翔子は腰を上げ、うーん、と伸びをする。そして真剣な顔を春樹に向けた。
「決めたわ。……ううん、もうこうなる事は予感していたの。……一年半前に春樹を見た時からね――」
私、プロのレーサーを目指すの今日限りで止めるわ。春樹との決定的な実力差を見ちゃったしね。……これからあなたのコ・ドライバーとなって、一緒に高みを目指す事にする。……そう宣言します。
右手を軽く胸に当て、静かに目を閉じている。――この事の意味は春樹にとって、とても重いのだが……当の本人は、そんな翔子の立ち姿を見て――
絞られたウェストからふくよかなヒップへと流れるヴィーナスラインが星明りに浮かび、長い栗色の髪が風の中でそよぎながら青白い月光を受けてキラキラと光の粒を零す。――キレイだ。
「……綺麗だ」
しまった! 思った事がつい口を突いて出てしまった。……なんたる失態。当然――
「えっ? な、何? 今、何言ってくれたのっ? え、や、やだ、何っ?」
「な、何でもない! ……全然何でもないから!」
耳まで真っ赤にしながら翔子がうろたえまくる。……春樹も両手をバタつかせて否定しながらベンチから転げ落ちるくらいに焦る。いや落ちたか。
翔子の『宣言』の内容が潔くて美しかった、とも受け取れるのだが、そこは年頃の二人。自意識過剰で多感なのだ。だから翔子は、春樹が『女』として見つめてくる視線を明確に感じ取り、そんな大人な解釈などできずにただひたすらに恥ずかしい――
すると翔子が唐突に駆け出した。春樹の脇をすり抜け、インプレッサに向かって。それはもうズダダっと。照れ顔を隠しながら。
「と、とにかくそういう事だからっ! よ、よろしくっ!」
お、おう……とベンチからコケた春樹が地ベタに手を着きながら答えると、翔子は更に「おやすみっ!」と勢い良く付け足してから矢の様な速さで車に乗り込み、光の速さで走り去っていた。
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