SSS 衝撃(上)

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 翔子は母親が苦手だった。  女とは男を引き立てるために三歩下がってついて行けだの、三つ指突いて家で待っているものだの、その押しつけがましい固定観念がうんざりだった。  幼少の頃より英二とその仲間の男友達とどろんこになって遊びまくっていた翔子は実に男勝りで、弱い者をいじめていた近所の悪ガキの大将を、体格的にもずっと劣っていたのに堂々とケンカを吹っ掛けてなぎ倒したりもしていた。英二同様、正義感が強く、弱い立場にある者を無償の愛で助ける姿は誰からも好かれ、小学校に上がる前からすでに地元で有名なヒーローだった。  それがいきなりピアノだヴァイオリンだを習い始めされられ、ろくに外に出て遊ばせてもらえなくなると、幼い翔子は苛立ちを鬱積させた。  ある日「言われるままにやるんじゃなく、やりたい事を自分で探すんだ」と、既にアイザワグループが運営するレーシングスクールに通って英才教育を受けていた英二に言われ、五歳の時に初めて母に自分の思いを伝えた。  ――お兄ちゃんと一緒にレーサーになりたい。  母親は即答でいけませんと激怒したが、いつまでも足元にすがりついて泣く翔子に最後は呆れ、これを父に伝えた。  父は一代で富を築き上げるとそれを一族で守る事を考え、将来は末っ子である翔子にも、婿を取らせて会社の経営に加わって欲しかった。良い婿を得るためには翔子自身も女を磨かねばならない。そのためにできる教育や作法の習得には惜しみなく私財を投入する――つまりは母親と同じ教育方針だ。  誰もレーサーにするつもりなどなく、習得すべきは華道や茶道であってスリップストリームやドリフトのテクニックでは無いのだ。  だが翔子はめげずに、習い事は全てやるから、レースもさせて! と母にしがみついたのだ。何日もしつこくせがんだ甲斐あって、習い事を全て続ける事を条件に兄と一緒にレーシングスクールに通う事も許されたのだ。
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