SSS 衝撃(上)

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 それからの翔子は人が変わった様にあらゆるレッスンに邁進した。成績が悪ければお兄ちゃんと一緒にレーシングスクールに通えなくなる……そんな恐怖から血のにじむ様な努力をし、どんなに疲れていてもそれを言い訳とせずに必死に喰らいついた。都内で通っていた相沢家御用達の名門私立の初等部で学業、芸術、作法ともに最優良の評価をもらい、続く中等部でも一年間トップの座に留まると、ある時プツリと翔子の中で何かが切れてしまった。  週に一度レーシングスクールに通わせてもらっている以外、まるで親が作ったステージの上を必死に踊らされる傀儡の様な気がしたのだ。飴をしゃぶらせておけば文句を言わないだろう――ようやくその事に気付くと、とたんに息苦しくなった。そして父を、母を……もう誰も信用できずに半ば飛び出すように家を出たのだ。  着の身着のままで、わずかばかりのお金で買った切符で父方の祖母の実家に向かった。  祖母は古くから温泉宿を経営しており、素朴でやさしい人だった。  本来なら何もせずに裕福な暮らしができたのに、都会暮らしに馴染めなかった祖母は一人この町に留まり、誰の援助も受けずにひたむきに働いていた。  不況の折には客足が途絶える事もあり、たくさん苦労してきたのだ。  だから祖母は今も質素な暮らしを心掛け、成金気質の父親をしばしば戒める事もあるほどだ。  そして、翔子は祖母が大好きだった。幼い頃にまとまった休みがあると必ず兄と一緒に遊びに訪れていた。だいたい盆休みや正月休みなどのかき入れ時に来てしまうのだが、それでも祖母は嫌な顔ひとつせずに、旅館の中を駆け回っている兄妹を優しく見守ってくれた。  仕事が終わって疲れて帰ってきてからも、着物を着たまま小さい翔子を膝の上に乗せ、大好きな絵本を何度も読んでくれて……温かくてニコやかで……陽だまりのように安らぎをくれる人だった。  そんな祖母が住む家(今の屋敷は後に父が別に購入したもの)に翔子が逃げ込んでから一週間後……思いがけない出来事が起きる。
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