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どうする? これじゃむしろ翔子のほうが更衣室から出づらくなってしまったぞ?
と逡巡していると、ナオミが、
「春樹はモテるのね? ……大丈夫よ、翔子の方はちゃーんとフォローしといてあげるから」
といたずらに言いながら鼻先に触れるか触れないかの距離でチュッとキスをした。
ここに来てから春樹はペースを狂わされっぱなしである。人見知りで他人との距離をなるべくとりながら生きてきた人間なのだ。当然女性と付き合った事も無いし、そもそも女友達すらいるか怪しい。だからナオミの細い腰つきや、南国のフルーツのように甘い香りなど、とにかく女性慣れしていない春樹にとっては全てが未体験ゾーンであり、女の色香そのものが毒なのである。
だから急に目がチカチカしてきて、頭もクラクラと揺れ始めた。顔は……いや全身が上気してのぼせ上り、呼吸も苦しく……骨抜きとはまさに春樹の事だ。
もう――ダメ。……チーンとどこかで御鈴が鳴る音が聞こえたところで、春樹と抱き合っていたナオミの華奢な身体が唐突に離れた。
――さあ、もう行って。さっさと春樹も着替えて準備しなさい。
そう言いながらスクッと立ち上がったナオミは、ヒラヒラと手を振りながら更衣室の方へと歩いていった。
それから仰向けのまま呆然とナオミの背を目で追いながら、更に五秒ほど硬直した末に、ようやく自分もレーシングスーツに着替える必要がある事を思い出すのだった。
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