SSS 衝撃(下)

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 だがそんなナオミの絶賛も、初めてダートコースを走る春樹にとっては最初は実に苦戦をしていた。  まずストレートでまともに加速しない。 「――な、なんで前に進まないんだっ!」  いっくらスロットルペダルを踏んでもタイヤが滑って喰いつかないのだ。 「えっ? ――あっ! それ! そのアクセルをちょこちょこ煽るの禁止!」  インカム越しに翔子の怒鳴るような声が届くと、その意味を考え、しかしまるでわからなかった。 「なんでだよ! こうやって細かくコントロールしなきゃ、滑っちまうだろ!」 「違うの! ストレートでは全開にして! 後はトラクションコントロールがやってくれるから!」  はい? と、とらくしょん、なんですか? ――と聞いたのだが、車が悪路の起伏に跳ねる度にドカン、ガツンと室内がやかましくて伝わらなかったようだ。  いくら待っても答えが返ってこないので、仕方なしに言われた通りに小刻みに煽るのはやめて、とにかくスロットルペダルをベタ踏みにした。  すると不思議――車のほうが勝手にスリップをコントロールしてくれて、途端に路面を捉え始めたのだ。  よし、いける――バンプした時のステアリングのキックバックにさえ気を付けていれば、原理は雨の峠と同じ。  その事に気付いた1ラップ目の終盤、最終コーナーを立ち上がると春樹は脳内のスピードクロックを一気に加速させた。――流れる景色が徐々に減速していき、相対的にスピードレンジが飛躍的に上昇する。何人たりもと触れる事のできない、この世に一つしかないスピードの全ての法則が記されたルールブックを春樹だけが強引に開き――そのページを瞬時に焼き尽くして理を破壊する。  そして鬼神の如く覚醒した春樹はメインストレートをフルスロットルで突き抜けると、隣に座る翔子に向いて『本気でいくぞ!』とインカムを無視して大声で宣言するのだった。
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