第1章

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「キャバクラとか、風俗ですか? そういうのはちょっと」 「いえいえ、そういう仕事ではありませんよ。むしろ、刺激的で楽しいかと思います。ああ、これ私の名刺です」  そう言うと男性は菊野千寿(きくのせんじゅ)と書かれた名刺を差し出した。名刺には他に電話番号とメールアドレス。そして、会社名と思われるマリーゴールドの社名がデザインチックに書かれている。まさかとは思うがスカウトだろうか。 「所謂、スカウトという奴です。モデルではありませんが、興味があれば少しお時間よろしいですか?」 この菊野という男を完全に信用することはできないが、時間もたっぷりあるし、何より現状で一人きりになるほうが精神的に危ないかもしれない。菊野は近くにある有名な喫茶店を指さすと「あそこで話しませんか?」と提案してきた。人の多い店だ。もし、何か遭ったら大声を出して逃げればいい。幸いなことに池袋には人が大量にいるし、何より考えることが既に私の中では面倒になっていた。  菊野に促されるように喫茶店に入ると、彼は二人分のコーヒーを注文して料金を支払った。私が何か言おうとする前に「せめて時間を取らせてしまうのですから、これ位は出させてください」と、言われてしまい何も言えなかった。喫茶店の隅にある席に座ると、彼は何から話そうか考えているようだった。 「スカウトってどういう仕事なんですか?」 「簡単に言うと、男性を痛めつける仕事ですね。あぁ、犯罪ではなく世の中には痛めつけられたい男性が多いんですよ」 「それってつまりSMってことですか……」 まさか女王募集のスカウトなのか。だとしたら、どうなんだろうか。一瞬、ボンテージ服を着た自分の姿を想像する。似合う似合わないは置いておいて、やはり風俗と変わらないのでは? と私は思った。しかし、菊野は首を左右に振ると「SMクラブのような風俗店ではないですよ」と、苦笑いを浮かべる。   「ええと、ああ。すみません、貴女の名前を聞き忘れていたのですが、聞いてもいいですか?」 「朝比奈ですけど、下の名前はちょっと」 「いえいえ。結構です。朝比奈さん。例えば一度でも誰かをぶん殴ってやりたい、痛めつけてやりたいと思ったことはありませんか?」 「それは、誰だってあるでしょ。私だってできることなら、私をクビにした人事を殴ってやりたいくらいです」
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