蟻地獄

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蟻地獄

 夢を見ていた。  坂道? いや、違う。急勾配の斜面だ。  そこにへばりつき、俺はもがいていた。  この斜面を上らなければ。  そう思い、もがけどもがけど進むことは叶わない。むしろ、脆すぎる足場が崩れて、ずり落ちていく気がする。  下は見えない。いや、振り向くことができないから、見たくても見られないのだ。  それでも、何かとてつもなく恐ろしい物がそこにいることは感じ取れた。  正体を確かめられない恐ろしい何か。それから逃れるためにはこの斜面を上らないと。  そう思い、もがき続ける。それでも上に辿りつくことはできず、毎朝、疲労と絶望感の中で目が覚めた。  そんな夢を繰り返し見ていたある日、たまたま庭で蟻地獄を見つけた。  すり鉢状にくぼんだ地面。それを見た瞬間、俺は反射でくぼみに手を突っ込み、小さな幼虫をつまみ上げていた。  殺すつもりはない。ただ、場所を変えてくれ。  そんなことを考えながら、悪いと思いつつ、幼虫を隣の家の庭に放り込んだ。  確証があった訳じゃないけれど、以来、坂道でもがく夢は見なくなった。だけど…。  庭に出ると、蟻が行列を作っていた。  どこにでもある風景だ。でも、その数はありふれたものじゃない。  あっちにもこっちにも蟻がいる。列をなして進んで行く。  種類も一種類じゃない。大きなのもいれば小さなのもいる。でも蟻同士は総てが共存していて争わない。その代わりに他の虫を駆逐していく。  もし俺があの夢を見なかったら、庭はこんなふうにはならなかったのだろうか。  でもきっとその時は、俺は夜毎の夢に疲れ果て、心を病んでいただろう。  どちらを選択しても救いがなかった、蟻地獄のような今の状態。  俺のそんな気持ちとは裏腹に、実際の蟻達は、今日もその数を増やしていく。 蟻地獄…完
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