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うつそみの命さえこそ物憂けれ 悔いなお冴えたる羽の色かな 気がつくと、蝶は見覚えのない道を歩いていた。先ほどから蝉の声がうるさい。おかげで孤独を感じることはなかったが。 その道はどこまでも続いていくように感じられた。行く道も、帰る道も。大して歩いてはいないはずだったが、なぜか疲れに体中が軋む音を立てている。ひび割れたアスファルトの隙間から、たくましく、かつ不遜に顔をのぞかせている草花を蝶は見た。名も知らぬ草花だったが、蝶にはその一つ一つの姿が心に残った(彼の心の中はあまりにも整然と舗装され過ぎていて、彩りに乏しかったから)。 使い古して擦り減った靴をひきずり、だんだんと曖昧になっていく道を進む。そう、道はますます曖昧になってゆく。視界がぼやけ、草花の輪郭が覚束なくなり、音も聴こえなくなってゆき、にぎやかだった蝉の声は遠のく。ただ草いきれが濃密にまとわりついてくる。濁った感覚たちは機能せず、ただひたすらに嗅覚だけが鋭くなっていった。それにしても、すれ違う人や車さえない。 蝶は、これら、自らを取り巻くすべての世界が、いわゆる夢の範疇にあることに気がつき始めていた。それにしても・・・・・・夢の主が夢を見ていることに気がつけば、その夢の内容も思い通りになるはずである。しかし蝶がいくらこの道行の終わりを願っても、一向にそれが訪れる気配はなかった。 もう、疲れてしまったのかもしれない、俺は。わかりきったことじゃないか。戻ろうか、彼女のもとへ。今更? それは、今更のことだ。だが進むにせよ、あてなどまったくない。もはや、前途は、すべて濃密な草いきれに蔽われて得体が知れない。
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