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パリッとしたクリーニングしたてのグレーのスーツに新調した白のワイシャツ、昨晩磨き上げたお気に入りの黒の革靴。
先週、散髪も済ませておいた。準備に余念はない。
今日は、結婚の挨拶のため、彼女と彼女の両親と、会食予定だ。
この駅前ロータリーの時計台が待ち合わせ場所だ。
時計を見上げる。
約束の時間までは、まだ15分もある。
むむ、なんだか腹が痛い、、、。
彼女の両親の前で、いきなりトイレには立ちづらい。
今のうちに行っておくか。
駅ビルのトイレに行くと、なんたることか、清掃中の札がかかっている。
仕方がない、上の階に行くか。
階段を上っていると、動いたせいか、腹の痛みが強くなり、便意がこみ上げてきた。
走ってトイレに駆け込みたいところだが、人目を気にして、平静を装って、ゆっくりとトイレのドアを開ける。
個室は二つあったが、ひとつは故障中のビラが貼られていた。
もうひとつは、使用中を知らせる赤い表示がドアノブに出ている。
腕時計を見ると、約束の時間の10分前だった。
まだ時間もあるし、腹の方も少しおさまってきた。
ほっとして鏡で髪型を直したりしているが、個室の先客は一向に出てこない。
時折、衣類の擦れる音などするから、居るのは確かだ。
だんだんイライラしてきた。
もう5分前になってしまう。
俺だってゆっくり出すものだして、手だってきれいに洗わなくちゃいけないんだ。
このままじゃ、時間に間に合わなくなってしまう。
個室のドアをノックする。
「すいません、まだですか?」
中からは咳ばらいがきこえる。
「ちょっと、長いよ。急いでくださーい」
今度はドンドンと強めにドアを叩いて催促する。
ようやく出てきたのは、青いジャケットを羽織った年配の男だった。
決まり悪そうに出て行く男に、「ちょっとおじさん、さんざん待たせてすいませんの一言もないの」と言ってやる。
男は無言で出て行った。
急いでトイレを済ませ、走って待ち合わせ場所に戻ると、もう彼女がきていた。
その隣には、両親と思しき彼女によく似た白いブラウスの年配の女性と、、、
最悪だ、、、この世の終わりだ、、、
青いジャケットを羽織った、先ほどトイレで顔を合わせたばかりの年配の男が立っていた。
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