第1章

2/7
前へ
/7ページ
次へ
 空を見上げると、綺麗な鰯雲が秋の空に並んでいた。  この季節になると、夏の間、日がな一日音楽活動に勤しんでいたキリギリスも冬支度の為、食料を集め始める。他の虫に比べると遅い方であるが、住居を持たない彼らにしてみれば大量に食料を採ったとしても置く場所がない。集めるのは冬を凌げる分だけの食料でいいのだ。あとは、静かに冬が去るのを待てばいい。夏場は楽器を奏でての音楽活動も、冬の間は一人籠もって来年の春に向けた新曲を作ることに注がれる。  数日かけて、キリギリスは食料を集め自分の食料庫にしまった。今年は天候が思わしくなく不作の年であったが、食料庫には去年の残りも少しばかり残っていたので冬は十分にこせそうだった。  石の暖炉に火を点け、暖かくなった部屋の中でキリギリスは頭に思い描いた音楽を譜面に移すべく筆を走らせた。北風がキシキシと窓ガラスを鳴らす音を聞きながら筆を走らせていると、  トントン。  ドアをノックする音がキリギリスの筆を止めた。音に遮られたキリギリスは顔を上げ玄関の方を見た。北風がドアでも叩いたのだろうか。  トントン。  まただ。さっきと同じリズムでドアを叩く音がする。キリギリスは腕組みをしてクビを傾げた。もう秋も終わりに差し掛かっている。多くの生き物達は皆、それぞれ家に籠もっているはずだ。こんな季節に好き好んで、表に出るのは腹を空かせた熊か狐ぐらいだ。彼らにはキリギリスの家は小さすぎてノックをすることができない。 「ごめんください。ごめんください。開けてください」 「おや?アリさん、どうしました」  キリギリスはドアをノックする弱々しい声に覚えがあった。夏の間、自分に働くことを勧めていたアリの声であった。アリもまた寒い冬を避ける為、地下深く潜っているはずなのにどうしたのいうのか。キリギリスはクモの糸で編んだマフラーを首に巻いてドアを開けたました。すると、寒さに震えているアリが立っていた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加