『Xだけの最悪』

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 みーちゃんと出会ったのは、今年の夏休みが始まって二日目の時だった。  ぼくは小学校に行かなくてもよくなったことに浮かれて、それで『夏休みの課題一覧:四年生版』という薄っぺらい紙との睨めっこを二秒くらいで投げ出して、家の近くにあるお気に入りの堀に向かって駆けだした。  その日の空は高く、抜けるような青色が溢れんばかりに、視界いっぱいに広がっていた。  こんな天気の良い日に外に出かけないのは、アイスの当たり棒を「いらね」ってゴミ箱に捨ててしまう、クラスメートのゴローくん並に愚かなことなんだって、そう思った。  砂利と土で歩きにくくなっているあぜ道を、ひょいひょいと駆け抜けて、途中で見かけた、ぼくの頭くらいの大きさのヒキガエルを思い切り蹴飛ばす。カエルはビクともしなかったけれど、ぼくはそれで満足げに人差し指を向けて、続きをまた走った。  日差しは眩しく、肌に突き刺さる。それで刺激されたところから、生ぬるい汗がにじみ出た。シャツが身体にへばり付き、少しばかり気持ち悪い。  でも、それがいい。  これがなくちゃ、ぼくの夏休みは、夏休みじゃなかった。  あぜ道が終わると、ちょっとした林が見えてくる。深々とした緑が広がり、その様は見ているだけで、気温が二、三度下がった気がする。  林の中の小道をしばらく進んで、そこでやっと目的地に着いた。  小堀だ。  直径五メートルほどのある丸い水たまり。水の外側はそれ程深くないけれど、中心はけっこう深いことをぼくは知っていた。  そして、それだけに、いろいろな生き物が住んでいることも、知っていた。  ぼくは肩に提げていた箱から赤い小さな生き物を取り出す。ニョキニョキとした二本のハサミを怯えるように、しかしそれでも負けじと開け閉めしているその生物は、アメリカザリガニだった。  この小堀には多数のアメリカザリガニが生息している。それらをとっ捕まえるのが最近のぼくのマイブームで、それで取り出したこの一匹も、以前ここで捕まえたものだった。  ぼくはその手の中のザリガニをいったん地面に置く。するとザリガニは不思議とまだ見えるはずのない小堀の水面に向かってわしゃわしゃと歩き出した。  手を延ばして、それを阻止する。そして、仕方がないなとばかりにその赤いハサミに指を掛けた。メキョッという脳内のみで発生する効果音を聞きながら、それを引き剥がす。
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