『Xだけの最悪』

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 ザリガニはまだ動いていた。そして残りのハサミを向けてくる。  ぼくはそのザリガニの胴体と尾を両手でそれぞれ持つ。そして、両方向に向かって引っぱった。  今度はそれは、動かなくなった。  頭部の殻から出てきたグレーでぐちょぐちょな中身を指で千切って、それから尾の部分の殻を一枚ずつ丁寧に剥いでいく。  出来上がったそれは、食卓に出てくるエビのむき身のようなものだった。これがザリガニであると知らなければ、食べてしまいそうなほどにぷりぷりだ。  次に近くから適当な長さの枝を拾ってきて、その先端に長い糸の先を結びつける。  そして、その糸の反対側に先ほどのエビのむき身を結んで完成だ。  手作りの釣り竿。  家から糸さえ持って行けば、それで簡単に作れるのが魅力だった。餌であるザリガニは、これでしこたま釣り上げることが出来るし。 「えいっ!」  そんな掛け声と共に、水面に向かって竿を振る。弧を描いたザリガニの身は、ポチャンと音を立てて水の中に沈んだ。  そこでふと、身震いして空を見上げる。  空は小堀を囲むようにして生い茂っている木々の葉で、ほとんど隠されていた。それで陽の光が制限されて、この小堀の周りは少し冷えるのだ。  葉の間から、その太陽の光が浄化されて、緑色に変わって神秘的に水面に注がれている。その様はまるで―― 「天使の階段みたい」  その時、背後からそんな声を聞いた。  ぼくは驚いて振り返る。すると、そこにはうっとりとしながら空を見上げる、まるで見たことがない、可愛らしい女の子が立っていた。  髪が長くて、その綺麗な黒髪と、身につけている白いワンピースのコントラストが、ますます彼女の存在を崇高なものに昇華させている。  呆けながら、その子を見つめていると、次第に視線をぼくに向けて、口を開く。 「ここ、キレイだね」  そう言って、笑った。とっても素敵な笑顔だった。  その子が、みーちゃんで、それでそれが、ぼくとみーちゃんがはじめて出会った瞬間だった。
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