第六章

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『セッちゃん!セッちゃんっ!!』 メアさんの声にも、気付かない。メアさんはどんどん透けて、もう私にもあまり見えない。 『セッちゃん!』 メアさんが社長に抱きつく。 すると。 社長が確かに、メアさんを抱き返した。 「ここに、いるんだね」 もうほとんど見えないメアさんが笑ったのが、微かに見える。声も聞こえなくなってしまった。それでも社長はしっかりメアさんを抱き締める。 「一生、家族だからね」 時計が動き、日付が変わる。 何も無くなったそこに、社長はいつまでも手を伸ばしていた。 「小春様!!」 「春…ってうわぁっ!」 全力で突進されたし。痛い。鼻が、ぐぁって、なりました。 「小春様!良かった!怪我は無いですか!?」 「今鼻打った」 うぅ…本当にド根性バカね。バカすぎる。 「お熱い抱擁ですこと。じゃ、アタイは先に行くね」 社長の背が小さくなっていく。その肩が震えた気がした。 大切な人に先立たれるのは、どんなに辛いのだろうか。 「春」 「はい?」 「私より先に死んだら怒るからね」 大切な人がもう二度と、現れることはない。その現実はどれだけ胸を傷めるのだろう。 春がいない世界。 そばにいないんじゃない。 どこにもいない世界。 同じ空を見上げることも、同じ空気を吸うことも、同じ月に見惚れることもない。 その世界は、とても辛い。けれどいつか必ず訪れる世界だ。 「小春様…?」 「私…もう家事なんか出来ないから…だから…」 抱き締める腕に力を込める。赤いジャージから香る優しい匂い。春の匂い。 私の命が消えるそのときは、こうしてこの香りと温もりに包まれ、眠るように逝きたい。 だから、だから春に先に死なれちゃ困る。 春の代わりなんかいないんだから。こんなド根性バカ他に、いないんだから。 「好きだからそばにいてほしいとか…そんなんじゃないんだからね」 「へへ、わかってますよ」 優しく頭が撫でられると、暖かな睡魔がやってきた。夜更かしは苦手だ。 「小春様の気持ちなんか、わかってます」 子供抱っこされ、ゆっくり目を閉じた。 「小春様が死ぬときはこうして、きちんと抱き締めていますから」 そして貴方の息が止まったその時、私も一緒に… その続きは意識が消えて、聞くことができなかった。
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