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「小春様!」
「春…」
「迎えにきました!一緒に帰りましょう」
大丈夫…だよね。
とりあえず手を繋ぐ。
手を。手を…。
「小春様?」
「ひっ!」
「やっぱり、聞いてなかったですね」
「ご、ごめん」
「夕食、何に致しますか?」
伸ばした手を背中で組んで、なんでもいいよと呟く。くっ、可愛くない。今の態度は可愛くない。何でも良いならせめて「春のつくる料理は美味しいから、なんでも良いよ」とかさ、一言。
はぁ。
春との壁を作ってるのは私じゃない。
「あのね…その」
「はい?」
「美味しいから…」
「何がですか?」
う、う、う。
「あ、チョコですか?」
「…うん」
失敗。ちくしょう。
なんで春の料理だよって言えないのばかばかばか。
「じゃあ今日はチョコも買いましょうか」
「いいよ、いらない」
「え?」
「肌とかに悪いし…そう言ったの春じゃない」
「…そうでしたね」
うわああ史上最強に可愛くない女の子その名も小春だよこれじゃあ!!
「昼頃神と会ったんですよ。お話聞いてたらなんかオムライス食べたくなりました。オムライスでいいですか?」
「い、いいよ。その…」
春のオムライス美味しいから、楽しみだよ。
春の作るオムライス大好きだよ。
「…何でもない」
言えない。
喉に引っかかって出てこない。
「そうですか」
嫌だ。嫌われちゃう。このままじゃ。でも。
怖い。
春。春。春。
どうして。
一緒にいたいのに、一緒にいたら悲しいよ。
でも離れたらもっと悲しい。
苦しいのに、痛いのに。
そばにいたい。
「卵、とろとろのにしましょうか」
「……」
「小春様?」
私を残してスーパーの自動ドアが閉じる。私と春の間に現れたドアが、私と春の間にある壁に見えた。
あと一歩進めば無くなるのに、進めない。
開いたドアの向こうに、春がいなかったら。
そう思うと怖くて。
怖くて怖くて。
一歩が、大きい。
『彼に恋心は無い』
前に進まなきゃいけない足は、どんどん春から離れていく。
痛くて辛くて怖くて。
必死に走った。
必死に春から、離れた。
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