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「大丈夫っすか? テツローさん」
腕についた靴のドロを払う哲郎に、五十嵐が泣きそうな顔をして近づいてきた。
「ん? ああ、折れてはいない」
哲郎は言ったが、五十嵐は覗うように、
「トモキさん、喧嘩んなると周りが見えなくなるから」
トモキが、哲郎だと分かった上で拳を向けたことを、気遣っているのだ。
だが哲郎は、
「トモキは最初からああだろう。気に入らない相手は潰す。あいつは、おれが気に入らないんだろう」
何でもないことのように言った。
五十嵐は、こちらが戸惑うほどにうろたえる。
「そんな、まさか! テツローさんですよ?」
五十嵐の動揺ぶりに、哲郎の方が驚いた。
別に、トモキと哲郎は、『オトモダチ』ではない。
では何だと聞かれると困るが。
トモキのことが放っておけないから、哲郎は側にいるだけだ。
だが、トモキから見れば、配下でなければ、後はまとめて他人か敵、なのかもしれない。
自分がトモキの『敵』になる。
それを想像して、哲郎は、少し身ぶるいした。
『トモキの敵』
その立場に、妙な興奮を覚えた。
オロオロする五十嵐に目を向け、哲郎は、ひとつ忠告してやる。
「トモキは隙を見せれば、誰かれ構わず襲いかかってくるぞ。お前も、気をつけろ」
「……そんなぁテツローさん」
泣きそうな声になる五十嵐を尻目に、哲郎も抗争の場を後にした。
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