1 獣の王 トモキ

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「大丈夫っすか? テツローさん」 腕についた靴のドロを払う哲郎に、五十嵐が泣きそうな顔をして近づいてきた。 「ん? ああ、折れてはいない」 哲郎は言ったが、五十嵐は覗うように、 「トモキさん、喧嘩んなると周りが見えなくなるから」 トモキが、哲郎だと分かった上で拳を向けたことを、気遣っているのだ。 だが哲郎は、 「トモキは最初からああだろう。気に入らない相手は潰す。あいつは、おれが気に入らないんだろう」 何でもないことのように言った。 五十嵐は、こちらが戸惑うほどにうろたえる。 「そんな、まさか! テツローさんですよ?」 五十嵐の動揺ぶりに、哲郎の方が驚いた。 別に、トモキと哲郎は、『オトモダチ』ではない。 では何だと聞かれると困るが。 トモキのことが放っておけないから、哲郎は側にいるだけだ。 だが、トモキから見れば、配下でなければ、後はまとめて他人か敵、なのかもしれない。 自分がトモキの『敵』になる。 それを想像して、哲郎は、少し身ぶるいした。 『トモキの敵』 その立場に、妙な興奮を覚えた。 オロオロする五十嵐に目を向け、哲郎は、ひとつ忠告してやる。 「トモキは隙を見せれば、誰かれ構わず襲いかかってくるぞ。お前も、気をつけろ」 「……そんなぁテツローさん」 泣きそうな声になる五十嵐を尻目に、哲郎も抗争の場を後にした。
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