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「……何を、企んでいやがる?」
唸るような声を絞り出す哲郎に、哲郎の父親は夕べ、なんでもないことのように命じた。
「明日一日、例の王女のお供をお前に任せる。日本に来たのも初めてで、右も左もわからん身だ。親切に案内してやれ」
「だから何でおれなんだ! 王女か何か知らんが、護衛が必要ならSPがいるだろうが」
哲郎は納得出来ないと、ガバリと板張りの道場から跳ね起きた。
「テツ。王女はお前よりは年上だが、まだ若い女性だ。ずっと国賓扱いじゃ息が詰まるのも分かるだろう」
父親は話しながら、壁にかかっている哲郎の名札を手にとって外す。
「遅くとも明日の夜の公式行事までだ。文句を言わずに付き合ってやれ」
ここで哲郎がもう一度反論すれば、父親は手にした名札を即座に叩き割るつもりだ。
それはイコール、この道場からの哲郎の破門を意味する。
それはまさに力づくの脅迫。
哲郎は湧き上がる怒りをかろうじて飲み込んで、
「わかった」
と答えた。
敗者は黙って従うしかない。
とにかく父親に手加減された悔しさが、哲郎の胸を占拠している。
馬鹿にされたまま、クビになんぞなってたまるか。
すると父親は満足そうに笑って、
「ああ、お前の相棒にも声をかけた方がいいな」
と哲郎の名札をまた壁に戻した。
「トモキにか? 何でまた?」
哲郎は一瞬、怒りを忘れて問い返す。
トモキをこの道場に連れて来たことがあるから父親も知っているはずだ。
トモキと王女を引き合わせるなんて、ライオンにウサギをくれてやるようなものだ。
「テツ……。声をかけた方がいい」
父親は多くを語らず、それだけを言った。
その一言で、王女の周りを彩る不穏な空気を察して、哲郎は視線を険しくする。
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