第6章 レイバーデー

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男は、玄関をあがった右側にある『滝の間』で、優雅なしぐさで抹茶を味わっていた。 国宝として有名な枯山水庭園や、障壁画を見学するためには、玄関を左手に進まなければならないのだが、そちらにはあまり興味を抱く様子はなく、目の前の紅葉に色づいた庭に落ちる繊細な滝を、静かな目で眺めている。 男は視線を滝から動かさないまま、 「さて『ドン・キホーテ』は駆けつけるのか……」 とつぶやいた。 「いや、『水呑みの虎』たちか?」 思いついた冗談を、自分でも気に入ったらしく、ひとしきり満足そうに笑う。 そんな様子に、左隣の大男は表情ひとつ変えず、右隣に座ったふたりの男は顔色を青くした。 黒いスーツの男の正体は、アジア最大の国の中でも有数の手腕で知られた 『氷の天使(ビンデェァティェンシー)』 の異名を持つ暗殺者だった。 本名はもう誰も知らないが、男は、 『ビンディ(氷の……)』 と呼ばれている。
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