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水曜日の放課後、学校のチャイムが響く。教室は帰りの支度や部活の準備を始めるクラスメイト達の雑音でごった返す。そんな中「紫苑帰ろぉー!」後ろから声がした。声をかけられた少女も振り返ると、笑顔で「うん」とだけ言った。
笑顔を作った少女は秋乃 紫苑。 帰ろうと声をかけたのが親友の水月 百合。二人は部活に所属しておらず、普段はそのまま帰宅するだけなのだが、帰宅後に紫苑に用事があり、百合もそれに付き添う事になっていた。二人は幼馴染みで昔からとても仲が良く、幼稚園から高校までずっとクラスが一緒だ。大きな学校ではないし、田舎なので中学までクラスは1学年でも最大2クラスだったのもあるが。
野球部の乾いたノックの音を背に校門を後にする。自転車通学の生徒たちが風を切り二人を追い越していく。帰り道、彼女達は手を繋いで歩く。別に恋人というわけでもない。昔の癖、というよりは習慣かもしれない。二人は足を進める。足取りは重く、いつもの帰り道よりもゆっくりだった。
潮風に髪が揺れる。繋がれた手は汗で湿っており、少し指が滑る。
学校から出てしばらく沈黙が続いたが、不意に百合が「紫苑パパってさ、カッコ良かったけどちょっと天然だったよね」そう言ってハハハ、と笑った。
「うーん...そうだったかもねぇ、忘れ物を取りに行ったらさっきまで持ってたものを忘れてきちゃったりとか結構あったかも」
「あーあったね!昔一緒にピクニックに連れて行ってくれた時、紫苑パパ最初は水筒忘れて取りに行ったらさっきまで持ってたお弁当忘れて、次はレジャーシート忘れたよね」
二人は昔の事を思い出しながらクスクスと笑っていたが、百合が我慢できず吹き出すと紫苑も思わず声が漏れる。何年も前のあの日が、ついこの前のように鮮明に思い出せる。
あの時、百合の両親が休日仕事で一日いなくなるというので家で預かることになり、一緒にピクニックに行こうという話になった。紫苑は楽しみで夜眠れず、「早起きしてお母さんと一緒にお弁当作る」と言っていたのに、彼女が起きた頃にはお弁当はほぼ出来上がっていた。
ほぼ、というのもたまご焼き担当をしていた話題の父がたまごを丸焦げにしたために母が作り直していた。
そこに両親に連れられた百合が来た。百合の両親は申し訳なさそうに謝って仕事へ行った。百合は寂しそうな顔で両親を見送っていたが、父が作ったたまご焼きを紫苑が見せると、先ほどと打って変わって大笑いしていた。
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