第三章

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「根本から感覚が欠如している人間と、途中から感覚がねじ曲がった人間は、これまた意味合いが違う。君は、間違ったものになろうとしているんだ。どうあっても、不幸な境遇で育った子の感情は、私らには理解することはできない。これは、強く言い切れる」  口先で何かを呟き掛けた彼女はそれは言葉にならずに、泡となって消えた。 「だが、寄り添うことはできる。君が今、その意思を示しているとおりに。そして、それにさらなる認識が必要だ。闇はぜったいに理解できない深いものであるという認識だ」 「私……」  彼女は呟いた直後、大きく息を吸い込んだ。またしても、言葉は発せられなかった。  何とか、胸のうちでもやった感情を収拾させようとしている。その努力が手に取るように分かる。  瀬藤は努めて声を柔らかくして言った。 「言いたいことは、私は伝えたよ。後は、君がじっくり考えて決めればいい」 「どうあっても、闇には……近づけないんですね?」 「たいてい、闇というのは人間の精神と人格を破壊する。そういったものを人は喜んでは受け容れない。親の愛情を受けないなど、不幸な境遇で育ってきた人は、そういうことを受け容れさせられてきた人ばかりだ。本当は、普通に生きていきたい。それができないからこそ、闇が生まれ、同時にそれを膨らませながら同居していくんだ。望んで、近づいていくというのは、筋違いだ」  まだ納得いかなそうにしている彼女を見て、瀬藤は微笑みかける。 「それにしても、君は強い。自分を犠牲にして、そちらに向かっていこうなど、警察官でも見倣いたい意思だ」 「私は、普通です」 「そこがすごいんだよ。たいてい、何かをやろうとするとき、人は打算に走りがちになる。君にはそういう裏がない」  どこからそんな感情が湧いて出るのだろう。  彼女は、それだけで出会って良かった思える女性だ。本心から尊敬できる。 「もし、最終的に刑事さんの忠告を守らず、手術を拒否したら、刑事さんはどう思います? 馬鹿な女だと思いますか?」 「それはない。君の選択を尊重するよ。これだけの説得を周囲から受けているんだ。君は気質からして、そうせざるを得ない人間だった、と見なす。それだけのことだ」  あとは、彼女にすべてを委ねよう。
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