第三章

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「事件の跡は、すっかりなくなったようですね」  瀬藤は真希菜が担当していた窓口の周辺を気に掛けながら言った。事件当日、乾いた血で赤く染まっていたカウンターだったが、いまはもう綺麗になっていて、文具や備品も丁寧に整頓されてあった。 「今日は、何の御用でいらしたのでしょう?」  まだ仕事が残っているといわんばかりの口調であった。早々に応じる必要があった。 「黒岩が磐田市にいたことが判明しました。その報告に、と思いましてね」 「磐田市に? なぜ、そんなところに……」  静岡から見れば磐田はそう遠い距離ではないが、近いというわけでもない。一直線に結んでも四十キロの距離がある。彼としては、まだ市内に居留まっているとでも思っていたのかもしれない。 「逗留していた場所は、磐田にある信金から近い場所でした。彼は、もしかしたら通帳から現金を引き出す機会を窺っていたのかもしれない」  信金磐田支店の防犯ビデオの回収の件は、所轄署員に申し付けておいた。関係課員がデータだけを確認し、必要分だけを抽出した上で捜査本部関係者に送信する手筈になっている。 「最近、磐田のほうと連絡を取った事実はありますか?」  瀬藤はそれとなく問いを向けた。彼に対して一応猜疑の目を向けているだなんてことは悟られてはならなかった。  中津はやや緊張気味であった。いまにも額とこめかみに汗が噴き出しそうだ。 「磐田とはやり取りしますよ。顧客が多い支店ですからね」 「最近では、いつ?」 「二日前にこちらから掛けましたよ」 「内容は?」  中津が睨み付けてきた。 「業務内容にまで踏み込んでくるのですか?」 「何か、まずいことでもあるのでしょうか。もし、そうだというのでしたら、言わなくてもけっこうですよ。ただし、その分我々の足を運ぶ回数が増えることになるということをお忘れなく」  中津の顔が奇妙に歪んだ。真に受けやすい性格のようだ。電話の内容を一部を控えた上で話した。支店の新規顧客開拓に関する話であった。磐田ではなかなかうまくいっていないということであった。
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