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そうなってくると僕はだんだん平静をとり戻してきて、そしてふとあの子の事が気がかりになってきた。
半年前の春ごろ、近所に霞ちゃんという女の子が旅行カバン一つ持って引っ越してきた。
両親はここにたどり着く前に奴らにやられてしまったそうなのだ。
ガランとした家の中でただひとり。彼女はきっと今も家の中で震えているのだろう。
半年前まではまだここは安全地帯と言われている場所だった。
確かに人間としては安全地帯と言われているとこだけど、僕にとってはそれはあまりいいところとは言えなかった。
僕は学校でいじめられていたからだ。
僕はキモイだの何考えているのかわからないだのあれこれ理由をつけられていじめられていた。
ただ、そこに存在していただけなのに、何も悪いことはしていないはずなのに……。
やつらに好き放題に叩かれ殴られ、傷だらけになってみじめな想いでいた僕の血の付いた傷口に、霞ちゃんはそっとハンカチを当ててくれた……。
引っ越して来たばかりでもう沢山の友達に囲まれていた彼女にとってはそれは日常のほんの気まぐれな行動だったのだろう。
でも僕はその時のハンカチのぬくもりを忘れない。
そしてだからと言って僕のような奴が彼女のテリトリーに入るべき人間ではないことは自覚していたから、もちろん彼女に僕から近づくことはなかった。
彼女が夏服でいつも元気よく学校へ行っている姿を僕は何度も見ている。
しかし声をかけることなんかできなかった。
借りたハンカチも返すことができず、未だに制服のポケットに押し込んである。
いつも彼女に気づかれないよう物陰で見守っていた。
まっすぐなストレートの黒髪はまるで絹みたいに輝いていて、肌は陶器みたいに白く綺麗だ。
彼女は学校だけでなく、近所の人たちの評判になった。
その神がかった姿に、よく歩く人形さんって言われてた。
焦げ茶色の学生カバンには小さな桃色の鈴がいつも揺れていて、彼女が歩く度に鈴の高い音色が響いた。
その音色は僕の心を癒した。
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