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夕食が始まった。
皆がワインを片手にしゃべり、口々に料理を褒めた。辛辣な料理評論家の紫黒も特に言うことはないらしい。お変わりはあるのかとそっと聞いてきた。
真朱の焼いたフォッカチアもおいしかった。オリーブオイルとバルサミコ酢につけて食べる。
楽しいひと時だった。
紫黒が卓上のオリーブに手を出し、その拍子にワインを少しこぼしたから、瑠璃はフキンでそれをぬぐっていた。
真朱が立ち上がり、中央に置かれたワインボトルを手にした。紫黒のグラスにこぼした分だけを注ぎ足そうと思ったのだろう。
その時、真朱がめまいを起こしたかのようによろめいた。
「あ」
すぐさま隣に座っていたシアンが抱き留める。
「大丈夫か。全然飲んでいない真朱が酔ったか」
真朱が、そんなシアンの戯(じゃれ)ごとに微笑んでボトルを置いた。
「はい、そのようです。なんだか、少し眠くなりました」
そう真朱が言った。そしてはにかんだ笑みを見せた。
瑠璃はその、真朱の笑顔を見た。そして再びテーブルに視線を戻した。紫黒のこぼしたワインの痕を拭き終わる。
「真朱っ」
そんなシアンの叫び。
その声に、瑠璃は顔を上げた。そう、そこには真朱が立っているはずだった。
しかし、シアンの腕の中にはその姿はなかった。
真朱は、シアンが支えたその手の中で消えていた。
一体、何が起こったのかわからなかった。
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