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お風呂に入っている時、シャワーを浴びている時、それどころか顔を洗っている時にだって、自分の背後に誰かの視線を感じて、けれどはっと顔を上げると何でもない。そんなことがある。
「――それってねえ、“幸せ屋さん”がタッチしようとしてくれてるんだって」と、彼女は、無邪気な笑顔で言った。ボクははりつめていた息をほっと吐いて、部室の古い時計を見た。もう夜になってしまっている。
「ありゃ、何だか話し込んじゃったね、どう、送るけど?」
「それはボクのセリフなんじゃ……」
「あははー確かに、でもワタシん家すぐそこだしさあ」
楽しそうに机の上のお茶菓子とかコップとかを片付けていく彼女は、ボクよりも二つは年上ではあるけれど、だからといって、
「無理矢理連れて来てなに話すかと思ったら」
「いやー、だって伝統ある都市伝説研究会だよ? せっかくの設備、使わないと勿体無いじゃん」
温冷の切り換える事のできる流しですっかり汚れ物を洗ってしまうと、ゴミ箱の点検をして、彼女はかぎを指に引っ掛けた。
「わすれものない?」
「大丈夫です」
「じゃ、帰ろうか」
「いや送らなくていいです、親ってもう帰ってるんでしょう」
まあまあ、と聞く耳を持たない彼女となし崩し的に同伴して、物寂しいなんて表現とは随分かけ離れた、学校周辺の賑やかな通りを歩いていく。結構古い商店街だというのに魚や野菜や肉の専門店なんてものは少なくて、代わりに目立つのはスーパーとかコンビニとか、入替わりの激しい競争の果てに、最近できたばかりの店舗が並んでいる。
その中でふと、「リラクゼーション」とかかれたマッサージ店の看板に、「手もみ、足もみ、疲れた方には幸せ堂!」と大きく書かれているのが目に入った。
「……そういえば、“幸せ屋さん”ってなんなんですか」
「んー? 気になる?」
「いやまあ、聞いたことない話だったんで」
赤になった横断歩道で立ち止まると、彼女は得意げにこちらを見上げて、暗記したテストの答えを諳んじるようにスラスラと言う。
「背後に視線を感じるってのは、まあオーソドックスなホラーの導入だよね。それと水場。なんとなーく霊が集まりやすいとか、妖怪がーとか、そういう話に持ってきやすい」
「ま、そうですね」
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