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「ああ。神に誓って真実」
「じゃあ、信じる」
「仏教徒だけど、そこは気にするな」
リクはまた可笑しそうに笑った。
やはりどこか、すがる様な笑いだった。
雲がゆっくりと動くのが見えた。薄くなった部分から大きな丸い月がボンヤリと姿を現す。
やんわりと辺りの木々の輪郭が見え始めた。
月の明るさを、玉城は初めて実感した。
「何か二人で楽しそうじゃないの」
すぐ側で、太く力強い声がした。
いつからそこで話を聞いていたのか、長谷川が腕組みをして立っていた。
「あ! 忘れてた。長谷川さん、大丈夫でしたか?」
「忘れてたって何よ。失敬な」
だが声は柔らかい。
長谷川がここに居ることに驚いているリクの所に、その女編集長はドスドスと近づき、しゃがみ込んだ。
まるで医者がするようにリクの顔を両手でつかみ、額の傷の具合を確かめ、何の躊躇もせずシャツをめくり、打撲で青くなった脇腹を触診した。
リクは抵抗する気力もないのか、戸惑った表情のままじっとしている。
野戦病院の医師さながらのその慣れた手つきに、玉城も思わず「どうでしょう、先生」、と言ってしまいそうだった。
「タクシー呼んだから。車道まで歩ける?」
長谷川が事務的にリクに言った。
「タクシーって……なんで?」
「怪我したら病院に行くのよ。人間は」
「いいよ。こんなのすぐ治るから」
「じゃあ、もう一発殴って行く決心付けさせようか?」
「なんでだよ」
淡々とやり取りする二人が奇妙で可笑しくて玉城はこっそり笑って見ていた。
乱暴に口を利くこの敏腕編集長は、あのメール一本で他の仕事を差し置いてここへ飛んできたのだ。
つい玉城は、長谷川の耳元でささやいてみたくなった。
『あなたは子供の頃、好きな子にワザと憎まれ口を叩いてしまうタイプではなかったですか?』と。
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