第3話  新緑の中で

2/5
前へ
/71ページ
次へ
明け方降った雨のせいで、その林のあちこちには水たまりが出来ていた。 葉に溜まっていた水滴が朝の光にキラキラ反射して美しい。 ここもいつかは住宅地にされるのだろうか、と玉城は考えながら低木の間を進んだ。 木陰で白い影がチラリと動いた。シラサギかと一瞬思ったが、別の「鳥」だった。 一番扱いにくく厄介な研究者泣かせの鳥だ。 「リク」 わりと大きな声で呼んだのに、リクはスケッチブックのような物を左手に持ち、 真っ直ぐ前を見たまま動かない。 「何か描いてんの?」 そう言いながら草を踏んで近づいていくとリクの視線の先からもう一つカサッと音がした。 リクは少しガッカリしたように肩を落とし、ゆっくりと玉城を振り返った。 「逃げちゃったじゃないか。コジュケイ」 初夏の光を浴びてゆるくウエーブした淡めの色の髪が艶やかに光っている。 大きなくるりとした目が一瞬咎めるように玉城を捉えた。 「こじゅけい? 動物描いてたのか?」 「声はよく聞くのに、見たのは初めてなんだ」 「どんな奴?」 玉城がリクのスケッチブックを覗くと、コロンとした丸い鳥が何カットか描かれている。 「鳥? ウズラか?」 「コジュケイだよ」 「邪魔しちゃった? 俺」 「いつだって邪魔ばっかりだ」 リクはいつものように感情を込めずに言うと足元に転がっているペンケースを拾い、家に戻るべく歩き出した。 隔月美術誌「グリッド」の取材をOKしてくれてはいるが、リクは相変わらず素っ気ない。 けれど人付き合いが苦手なこの若い画家を、玉城は嫌いではなかった。 初めて出会ったときに起きた事件で玉城はこの青年の「特異体質」に気付かず傷つけた。 リクは呆気ないほどあっさりと玉城を許した。 けれどそれが優しさからではなく、他人への“諦め”からなのではないかと玉城は思っていた。 いつまでも心を開かないこの青年をどこまで知ることができるだろう。 ライターとしての欲望からなのか、玉城はさらにもう一歩彼の中に踏み込んでみたかった。
/71ページ

最初のコメントを投稿しよう!

96人が本棚に入れています
本棚に追加