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玉城と呼び捨てにされるのも、バシバシと肩を力強く叩かれるのも、随分慣れてきた。
ただ玉城は未だに長谷川が女性であるのが何かの間違いではないかと思っていた。
178センチの身長、筋肉質な体格。目も鼻も整ってはいるが、美しいというより凛々しい。
美術誌の編集長と紹介されるよりも格闘技の選手と言われたほうがしっくり来る。
「観察……って、野生動物みたいに。ただちょっと変わり者なだけですよリクは。長谷川さん、そんな感じで接するから前みたいに機嫌損ねて取材断られるんですよ」
「あー、やだやだ。ご機嫌取らないとつき合えないへそ曲がりなんて、めんどくさい! 人気画家でなかったら絶対に付き合いたくないタイプだ」
長谷川は腕組みをしてソファーの背もたれにドンと体を預けた。
“それはリクだって思ってますよ” とも言えず、玉城は苦笑いを浮かべた。
「でもあいつ、いい絵を描くんだよね。現代アートの新星って騒がれるだけのことはある。それなのにマスコミに紹介されても写真はおろか、プロフィールもろくすっぽあかさないでしょ? だから前号のvol.33で玉城が書いた記事に問い合わせが殺到してる。
……ちょっとだけあんたが反則技使って書いちゃっただろ。あいつの容姿について。若いファンが飛びついちゃってね
。次号はリクの写真を載せろって上司がうるさいんだよ」
「写真? 写真はダメですよ」
「何でよ。たかが写真じゃん」
「嫌がるんじゃないですか? 彼」
「訊いてみたの?」
「いえ、訊いてはないですけど、なんとなく」
「何となくで答えるんじゃないよ。……じゃあ、代わりにあんたの写真でも載せとく?」
「なんで僕なんですか!」
「あんたも割と男前だから女の子の読者が増えるよ」
「めちゃくちゃなジョーダン言わないでくださいよ」
顔を赤らめている玉城をニタニタとふんぞり返って眺めている長谷川はまるで、
女子社員に猥談を言って楽しんでいるセクハラ上司のようだった。
「さあ、ほら、油売ってないで引き続きリクの観察日記書いて来なさいよ、ビシッと」
そう言って長谷川は立ち上がると腕時計で時間を確認しながら自分のデスクに歩いて行ってしまった。
「観察日記って……。夏休みの自由研究じゃないんだから」
到底かなわない敵にボソリと呟くと玉城も原稿を掴んで立ち上がった。
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