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編集室には可愛らしい女子社員もチラホラいたが、なぜかリクの記事に関しては毎回編集長の長谷川が直々に応対してくれる。
嬉しいような悲しいような。
しばらくはこうやってあの編集長と顔をつきあわせることになりそうだった。
『グリッド』の編集室は大通りに面した3階にあった。
近くに住宅開発地域があるので大型トラックの騒音がうるさい。
今日はそれに混じって、選挙カーが大音量で候補者の名前を連呼する声が聞こえてくる。
市議会選が近いんだったな、と玉城は思いだした。
帰ったら広報誌にでも目を通してみるか……。
そんな事を思いながら、ふとパーテーションの方に目をやると、色白で小顔の女子社員が顔を覗かせていた。
一昔前に流行った感じのソバージュヘアの彼女は「こっそり」と言った仕草で近寄ってきた。
美術誌の編集部には美大出身の子が多いと聞いていたが、彼女もそうなのだろう。
独特のセンスを感じる。レトロな配色のシャツを上手に着こなしていた。
「おっかないでしょ? 長谷川さん。気を付けてくださいね」
愛嬌のある仕草でその女子社員はニコリと笑った。
胸の社員証には「山根 由梨」と書いてある。
ハムスターに似た小動物の「ヤマネ」を思い出して、玉城はクスリと笑った。
「うん、そうだね。機嫌損ねないように頑張るよ」
玉城の笑顔が嬉しかったのか、ヤマネ女子は重量を感じさせない軽い動きで玉城に近づいてきた。
「ねえ、リクさんってそんなに変わり者で偏屈なの? 長谷川さんいつも言ってるけど」
玉城はほんの少し考える間を開けた。実際自分もそう思ってる所がないわけではない。
「そうかな……そうかも知れない。でも根は悪い奴じゃないと思うよ」
「嘘つきなんでしょ?」
「えっと…」
長谷川は四六時中社内でリクの悪口を吹聴して歩いてるのだろうか。
玉城は小さく溜息をついた。
「テリトリーを犯さなきゃいいんだ」
「テリトリー?」
キョトンとしてヤマネは聞き返す。
「そう。臆病な気難しい鳥だからね。テリトリーを犯したら飛んでいってしまう。そっと見ておくんだ。そっとね」
玉城は自分の表現に満足し、にんまり笑ってうなづいた。
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