第2話  鳥

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  ◇ 市街地の国道沿い。 にわかに作られたプレハブの選挙事務所には大型送風機が取り付けてあったが、室内の熱気を冷ますことは難しかった。 まさに今日告示日を迎え、事務所内は暑さとは別の熱気に満ちていた。 初めて出馬した須藤浩三は、朝早くから詰めてくれていた後援会長の樋口に丁重に礼をいうと、もう休んでくださいと、にこやかに帰途につかせた。 小さな印刷工場を営む須藤の人柄と熱意に惚れ込んだと、樋口は須藤を市会議員に推薦してくれた。 自分が後援会長を勤める。安心してほしいと。 以前他の無所属議員の後援会を仕切り、みごと当選させた経緯をもつ樋口だが、 あの男にとってそれがステイタスであり自慢なのだと須藤は思っていた。 けれど、それでいい。どんな力を借りてでもこのチャンスを逃がすわけにはいかない。 やっと自分は底辺から浮き上がることができる。これが目的の場所ではない。 ここからだ。45にして、やっと自分の力を試せる時が来たのだ、と。 運動員や後援会加入者は樋口の力もありすぐに集まった。 大きな第一段階をクリアできたことは幸運だ。けれども難関は多い。 自分の会社でポスターやハガキの印刷ができるのでその分切りつめる事はできるが、 それでも期間前にすることは山ほどあり、低予算で上げることはなかなか難しい。 そのせいもあって須藤の妻は未だに渋い顔をしている。 家族で戦う事が美徳になっている選挙戦だが、妻は工場の手を休めるわけにはいかないと、事務所にも顔を出さず、ずっと家業につきっきりだった。 「駅立ち、お疲れさまでした。昼食後1時から三原地区で街頭演説、その後は車で街宣します。ウグイス嬢は3時にここに来る予定になっています」 そつなくキビキビと仕事をしてくれているのは運動員リーダーの山ノ上の長女だ。 須藤は頷いた。 壁には一面に自分のポスターが貼ってあり、にこやかに笑いかけている。 高校時代からラグビーで鍛えたがっちりとした体と力強さは、その歳になっても様になっている。
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