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「飼い猫が死んだとき、人はそのことを深く悲しむ。中には一生癒えない傷を持つ者もいるだろう。総じてそういう人間は、二度と猫を飼おうとは思わない。避けられない悲しみが訪れるのを知っているからね。じゃあその一方で、こんなのはどうだろう」
オレは部屋の隅に置かれた掃除機に注意を促した。
「ひとつのものを長年使い続ければ愛着も湧くし、手にも馴染んでくる。それがあるとき壊れてしまった。悲しいかもしれない、辛いかもしれない。けどさ、だからといって二度と掃除機を買わないっていう特殊な人間が果たして猫のときと比べてどのくらいの割合居るんだろうね」
つまり、そういうことなんだよ。
「至極明快、単純なことだ。妹にとって、シンヤは蝶、母親は掃除機って、それだけ。たとえ腐りかけでもあいつのシンヤはこの家に居るし、次にオレがテキトーに連れ込んだ中年女性があいつの母親だ」
あいつにとって“シンヤと呼ばれているモノ”も、“かつてシンヤと呼ばれていたモノ”も等価値に“シンヤ”なんだよ。
同様に、どんな形、色、大きさであってもそれが“母親”というイメージの枠から逸脱しない限り、それはどこまでいってもあいつにとっての“母親”なのさ。
「理解した?つまり君の愛した女の子は、そういう歪んだ尺度を持った奴なんだ。まあ、そんなあいつがオレは好きなんだけど」
だからね。ミヤコちゃん。
「幼馴染をなくした悲しみにつけいって、かどわかそうだなんて、浅はかな考えはあいつには通用しないんだよ」
あいつの常識は、異常なオレらでさえもはかりかねる非常識なんだから。
からからからから。
乾いた笑いが、オレの喉を揺らす。
「それにしても」
んんん~っ。
オレは腕をめいっぱい上に伸ばした。
「シンヤも最後まで不幸だよね。12年前、巷で騒がれてる連続殺人犯に両親を惨殺され、物心もつかない幼い妹を人質に取られた上に、その妹と幼馴染ゴッコまでさせられて、挙句最後には見当違いの嫉妬に狂った百合っ子ちゃんに両親と同じく刺殺されるだなんてさ」
しかも誰からもちゃんと悲しんですらもらえないなんて、
「彼は何のために生きて、何のために×したんだろうね」
彼にはどれくらい価値あるものがあったんだろうね。
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