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マズった。非常にマズった。
とっくに生徒を家に送り返した教室で、ウチは夕日浴を楽しむ余裕もなく、たったひとり、自分の机に頭を抱えて座っていた。
1月の教室は今さっきまで空調で快適な温度に保たれていたハズなのに、ウチの耳たぶは燃えるように熱を帯びていた。
‥‥‥はぁ。
ウチの溜め息が閑散とする長方形の箱に空しく響く。
昨夜、自室で起こった出来事を思い起こして悶絶するのを、この放課後に至るまでにウチはかれこれ何度経験したことだろう。
忘れよう忘れようと強く心に念じるたびに、あの母親のG(ゴキブリ)を踏みつけたような不快感を全開に露にした表情が脳裏に克明に現れて、ウチを羞恥の渦に飲み込む。
「最悪だ‥‥‥。この世の終わりだ‥‥‥」
もういっそ、ウチも死にたい。
「大げさねぇ。あんたも」
机に突っ伏したウチの脳天に、不意にクラスメイトの声が降り落ちた。
「‥‥‥帰ってなかったの。ミヤコ」
「だってそりゃ、朝から様子がおかしい友人をひとりぼっちで家路に着かせられると思う?」
ミヤコは机にのっかるウチの後頭部を、そうやって優しく撫でた。
その振動で揺れた自分のポニーテールがうなじを擦って、こそばゆい。
「ただでさえ最近は物騒なのに」
「というと?」
「夕方の痴漢とか露出狂とかふえてるでしょ?それに、ひょっとしたら殺人鬼と遭遇したりして」
「なにそれ」
「昔この町でもあったじゃない?そういうこと。その犯人だって未だ捕まってないんだし」
言われてみれば、そういうこともあった気がする。あまり記憶にのこってないけど。
ミヤコはほどよい力加減でウチをうりうり撫で続ける。それはいつものことなのだけれど。
今回は掌の以外のザラザラとした感触と消毒液の匂い、それに鉄棒をした後のような、そんな懐かしくもつい先日も嗅いだかのような馴染み深い臭いも混じっていて、
「心配しすぎ。子供じゃないんだから」
なんとなく違和感を感じたのと、機嫌が些か悪いのもあいまって、ウチはあえて、すこぶる煩わしく見える様に乱暴にミヤコの腕をはらった。
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