第1章

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 何かしゃべっていないと闇に押し潰されそうで、七海は必死に大きな独り言を繰り出す。それでも心に巣食った不安と恐怖は消えない。手に触れるのはどう考えてもコンクリートのような人口物の壁では有り得ない感触でデコボコな岩壁のようだ。指先はとんでもなく敏感になって様々な情報を七海に伝えてくる。湿ってはおらずかさついて乾いた壁だ。どうやら植物のようなものは生えていないらしい。その証拠に水の匂いがしない。伝って行く分にはその方がありがたかった。足元も多少デコボコしているようで歩きにくい事このうえない。自分のたてる足音だけが唯一耳に届く音で、それ以外はまた全くの無音と化している。それがどれくらい続いたのか、さすがに歩き疲れてきたころ七海の耳に聞きたくなかった声が聞こえてきた。幻聴と判っていてもそれはやけにリアルに聞こえてくる。『ウザ』『死ねば?』ets・・・何故こんな言葉を人にぶつけられるのか今思い出しても肌が泡立って寒気がする。思わず立ち止まってしまいそうになるのを、七海はこらえ歯を食いしばる。足は、一歩を踏み出す。そうだ。あたしは・・と、その時指先が今までと全く違う感触を捉えた。ちょっと硬質な感じで尚且つ柔らかさも備えていて、しかも油でも塗ったように妙につるっとした感触。七海が大っ嫌いなあの茶色い害虫をうっかり暗闇の中電気のスイッチを探す指先で触ってしまった時と同じ感触が。しかも彼女が知っているものより数倍はあろうかという大きさは触った範囲でもすぐに分かる。触れた途端それが、ガサガサっと音たててすばやく移動して行ったのが分かった。  「ゴキ~~~~~!!!!!」  七海は先ほどの数倍は大きな叫び声をあげて再び走り出していた。思わず触ってしまった手は、無意識にか振り払うように広げたまま振り回している。傍から誰かが見ていたらさぞいい見ものだったろう。しかしさすがに七海も先ほどの激突で懲りたのか、しばらくすると足にブレーキをかけた。それでも肩が上下に揺れるくらいは息が上がっている。しばらく息を整えてからまた恐る恐る、足先で壁を探り出す。幸いそう時間もかからずにつま先が壁に行き当たった。ほっと息をつく。しかしまた壁に伸ばす指先は躊躇してしまう。伸ばしては引っ込め伸ばしては引っ込め。  「うう・・・触りたくねー。ってか、なんでこんなトコにあれがいんの?!信じらんない。あぁ。ヤダヤダ」
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