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「お嬢ちゃん、どうかしはったん」
柔らかな声に顔をあげると、目のくりっとしたおばちゃんがいた。
私のお母さんとお祖母ちゃんの間くらいの歳だろうか。
自転車のかごからはみ出たレジ袋、さらにレジ袋からはみ出たネギという、ザ・地元民という姿に警戒心が散る。
「あの、着物が……ほどけたみたいで」
自分のことなのに『みたい』というのは子供じみてて恥ずかしいけれど、どこがどうなってんのかさっぱりなので仕方がない。
立っている時は、着物の内側は落ちてこないようだけど、歩くとズルッとなるかもしれない。
「あら、そら大変や。ちょっと見せてな」
おばちゃんは帯を押さえる。
(ちょ、ちょっとおばちゃん、待っ)
「帯はどないもないみたいやねえ。そやから紐かな。これレンタルしはったん?」
「はい。」
(やめてやめて手突っ込まないでやめて崩れたら)
「ほな、『きらや』さんで直してもうたらええねん。この先やし」
「直してもらえるんですか」
「うん、よう直してはるえ。今やったら奥さんか若だんさんいてるやろ」
「ありがとうございます!!」
地獄で仏、地元のおばちゃん。
ありがとうおばちゃん、きっと貴女のことは忘れない。
「ちょっとお嬢ちゃん!!」
「はい」
「その歩き方なんやの」
「いや、踵と膝を上げるような激しい動きをするとこれ以上崩れそうで怖くて、横移動の方が股を広げずに済むんですよ、ほら」
「そんなカニみたいな摺り足みたいなナメクジみたいなんでは日くれてしまうで?
きらやさん呼んできたるから、じっとしとくんやで」
『大丈夫です』といいかけた声は、おばちゃんの背中に届かなかった。
もちろんそのあとの
『ネギ落ちましたよ』
も。
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