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「ねぇ、教えて。悠希の留守電に何てメッセージを入れたの?」
「んん?ささやかながら悠希くんに挑戦状をね」
「挑戦状?」
「今、麗香と一緒に食事をしている。随分と待たせてしまったが、今夜、覚悟を持って僕なりのけじめをつけさせて貰う――確か、そんな内容で良かったよね」
事も無げに言う彼は、視線を悠希に向けて薄ら笑う。それに反して複雑な感情を浮かべる悠希は、僅かながらに口元を緩ませて答えた。
「ええ、大体はそんなとこでしたけど。最後に『意外に脈ありかも。キミ一人で渡仏することになっても恨みっこナシだよ』的なこと言ってましたよね。随分と棘のある声で」
「え?そんなこと言った?」
「言いました。何なら確認します?メッセージ残してるんで」
「ははっ。人に残した自分の声を聞くのは嫌だなぁ。なんだか照れるよね」
「ちょっと待って。脈ありかもって……」――そんな状況あった?思わせぶりな態度をとった覚えなどない。あまつさえ、一之瀬さんからの見限りを求めて酷い言葉ばかり重ねたのに。
一之瀬さんが食事中に席を立ったのは一度。デザートが運ばれる前に仕事の電話をすると言い、店内に私を残して姿を消したあの時だけ。つまり、その数分の間に悠希に電話をしたのだろう。一之瀬さんが悠希の携帯番号を知っていたとは考え難い。きっと、その直前に磯崎さんに連絡を入れ教えて貰ったんだ。
……だけど、その時には別れ話が終わっていた。私は一之瀬さんが席に戻るのを待ちながら、自己嫌悪に陥っていたのに。実際は悠希に残したメッセージのと時系列も噛み合っていない。
「麗香、悠希くんを挑発するためとは言え、君たちの信頼関係に罅を入れるようなメッセージを残してすまなかった」
困惑する私を見つめ、彼は深々と頭を下げた。それを受け入れ首を横に振る私。顔を上げた一之瀬さんは仕切り直すかのように息を置くと、険を含んだ眼差しで悠希を見る。
「言わずもがな僕は玉砕した。君が僕に麗香を託そうとしようがしまいが、どんなに遠回りをしようが、彼女は君を選ぶ運命だったんだ。香織さんの一件で麗香の心は衰弱していても、君への想いは微塵も揺らいではいない」
一言一句を嚙みしめるかのように言う。一之瀬さんが刺すような眼光を向けているのは、気後れした表情を隠せないでいる悠希。
「僕はね、賭けをしていたんだ。この状況下で、君の心が尻込みしていないかを確かめるために。本当はね、君はここへ来るべきでは無かったんだよ。あんな稚拙な挑発など無視して、不安に駆られようが麗香を信じて帰りを待つべきだった」
「そ、それは――」
「事務所に押しかけて来た時の威勢はどうした?君が一生をかけて麗香を支えるんじゃ無かったのか?こんな状況でも、麗香は磯崎さんを支えてあげなければと必死だ。ならば、彼女を誰が支えるんだ?」
詰問するかのような厳しい口調。微動だにしない視線は、たじろぎを見せた悠希を掴んで離さない。
「今更なにを恐れる?君が疑っているのは麗香の心じゃない。今、この非情な現実で踏ん張り切れない、軟弱者の君自身の心だよ」
一之瀬さんは声に嘲りに似た冷淡さを込めると、嘆息を落として目を細めた。
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