招かれざる客人

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「理由はどうであれ、母はあなたの前から姿を消した。本当に愛する人から逃げたんです。だけど私は違う。彼の手を掴むのに遠回りはしたけれど、私は心から愛する人から逃げたりしない。どんな邪魔が入ろうと、引き裂かれようと、私はどこまでも彼の後を追います。例えそれが地獄の淵であろうと構わない」 大御所様と、その娘に視線を配りながら滔々と語る。 この二人にどう伝わるのかは分からない。「白状」を意味する言葉なのかも知れない。陽菜乃にもバレている事だ。大御所様がその気になれば、真実は遅かれ早かれ白日の下に晒される。 「私の血液が必要と仰るなら、どうぞ、あなたの気が済むまで抜き取って下さい。あいにくシリンジと注射針はありませんが、ナイフと蓋付きにのクリーンカップならご用意できます。雅さんのラボでしたら、凝固した検体でも対応可能ですよね」 氷が張ったような空気の中で言葉を紡ぐ私は、静かな笑みを浮かべながらテーブルの上に腕を差し出した。その皮膚に残されているのは、生死を彷徨ったあの日に刻まれた傷跡。 私はただ悠希の側に居たいだけなのに。請うのは彼との静かな生活。たったそれだけの小さな夢を、なぜ奪おうとするのか。――何度だって治してみせる。この腕のように、心に負った傷さえも悠希が癒してくれるから。 「麗香……」 悠希が言葉を飲み込んだのが分った。彼は二の句を継がず、テーブルの上に置いた私の手を強く握った。再び沈黙の帳が降りる。 「なるほど。命を懸けても守る……か。ホワイトゲームといい、おまえたちはよく」 緊張の糸を切ったのは大御所様の含み笑い。それを刮目する雅さんは眉間に寄せた皺をいっそう深め、発する言葉が見つからないのか唇を戸惑わせている。 「悠希、その危なっかしい手をしっかりと握っていなさい。彼女の気性は自らナイフをあてがってしまいそうで、私の寿命が縮まる」 「ああ、分かってる。俺くらいしか麗香の相手は無理だ。俺の手網を引けるのも彼女しかいない。神様でも引き離せないよ、俺達は。だって俺と麗香はツインレイだから」 悠希は嬉々とした表情で言うと、掴んだ私の手を膝の上に引っ込めた。
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