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「……」
ドキッとして息が止まる。
『抱きたい』なんて大胆な言葉を、そんな屈託の無い表情で言わないで。
人が行き交う街中で囁かれた言葉が、妙にいやらしく聞こえて言葉に詰まってしまう。
飲みに誘われた時から、全くこの展開を予測していなかったと言えば嘘になる。寧ろ、期待していたと言っても良い。
けれど、彼の話を聞くうちに期待が落胆に変わってしまった。原因は他でも無い、それは彼の捩じれた恋愛観。
どう考えても理解できない。
自分の事は棚に上げてと言うのは解っているけど。欲情に従い彼と一線を越えることによって、自分が四人目の女として位置づけられるのがどうにも我慢できない。
「『良いよね?』だなんて、当然私にもその気がある様に言うのね」
言葉では表現できない胸のモヤモヤを内に隠し、寄り添っていた二人の間に距離を取って小さく笑う。
「はっ?その気ならあるだろ?5日前の夜、お互いの気持ちは確認済みの筈だけど?」
「あれは……、変なお香と薬のせいよ。それに、恋人同士は会場内オンリーの約束。今夜は、あくまでも職場の同僚として食事しただけだから」
素っ気なく言って、繋いでいる手を振り解こうとして肘を引いた。
けれども彼は私の手を離そうとはせず、それどころか、更に強い力で私の手を握った。
「ちょっと!何のつもり!?」
「何が気に入らない?」
「はぁ!?」
「結婚を前提に付き合う訳でも無いのに―――素直になれよ。俺に興味があるんだろ?抱かれたいんだろ?」
「なっ!なんて自意識過剰な男なの!?」
「俺はおまえに興味がある。
俺の腕の中でどんな顔をするのか、どんな声で鳴くのか、想像するだけで欲しくてたまらなくなる。男と女が抱き合う理由に、それ以上何が必要なんだ?」
逃げようとする私の体を強引に引き寄せると、彼は私の瞳を覗くその目を細めた。
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