愛は初恋とともに

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「知ってる。ナンヨウハギでしょ」 「おおっ!まさか種類まで知っているとは!カクレクマノミも三匹いるから見て――」 「今日はいいや。……あのパーティーの部屋を思い出すから」 調子よく繋いで行く彼の声を打ち消して、苦笑いを浮かべる私は水槽から目を離した。 海の中に沈んだ様な青い世界。 ユラユラと静かに揺れる水中には、たくさんの魚たちが躍る様に泳いでいて、自分も水槽の中の魚になった気分だった。 けれどそれは僅かな時間に見た幻。 その美しい光景の中で繰り広げられていたのは、性欲に塗れた危険なゲーム。あの男の顔を思い出すだけでも吐き気がしそうだ。 「……ああ、そうだな。配慮が無くて悪かった」 「あ、別に悠希が謝らなくても……」 彼を責めるつもりで言った訳じゃ無い。責める相手では無い。そればかりか、彼はそこから助け出してくれた恩人なのに。 「……私こそ、ごめん」 しおらしく頭を下げ、舌に伝う珈琲の苦みで心に刻まれた苦みを掻き消す。 「あっ、そう言えば。昨夜ダイレクトメールが届いてた」 次第に陰気臭くなる空気を振り払うかのように、刹那に彼が話題を転じた。 「ダイレクトメール?何処から?」 「パーティーの主催者側から。次の開催は来月の第一土曜。次回はいつもの会とは違う。麗香の父親に会えるかも知れない」 珈琲をテーブルの上に置いて、彼は何かを企むように口角を引き上げた。
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