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重苦しい沈黙が降りる。
「……ねぇ、知らないのはこの人の方じゃないの?」
今まで口を閉ざしていたもう一人が、私の様子を窺いながら言う。
「……そうみたい。だとしたら、自分だけ知らないなんて痛すぎる」
耳打ちされた彼女は腕を擦り、想定外だと言うように薄ら笑う。
「もう行こうよ。午後の検査が始まっちゃう」
「う、うん。そうだね、行こう」
ボソボソと会話をしながら、二人はこの場から引き上げようと私に背を向ける。
「待って!私だけ知らないってどう言う事!?」
引き留めようとする私。それを避け、彼女たちは逃げるかのように階段に向かって足を速めた。
「待って……待ってよ……」
胸にナイフを突き刺され、庇う者など一人も居ない場所に置き去りにされた私。その唇から、生気を失った弱々しい声がポトリと落ちた。
よりを戻したってナニ?正式な婚約ってナニ?私だけが、それを知らない?
そんなの嘘。絶対に何かの間違い。悠希が私を裏切る筈が無い。馬鹿げた噂が広がっているのには、きっと何かの事情があるんだ。
「野次馬達の噂なんて信じない……」悠希に会って、悠希の口から聞いた言葉しか信じない。
でも、このまま私が逃げていたら、いつか本当に悠希を誰かに奪われてしまう。
芯から込み上げてくる独占欲と嫉妬心。唇を求め、肌を合わせ、情熱を解放したあの時間が思い出される。
―――嫌だ。誰にも渡したくない!
弟だと言われても、禁断愛だと言われても、やっぱり私はあなたを愛してる。
涙腺が破壊されるのを堪える私は唇を噛み、彼に思いを伝える覚悟を決めた。
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