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けれどもその悲鳴は夜風にさらわれ、私の視界には酷薄な情景だけが残った。
目の前で彼が彼女に与えたのは、唇を奪うかのような強引なキス。
「……そんな……どうして……」
絶望の底に叩き落とされ悲嘆の声が漏れた。
大きな衝撃に打たれて目を逸らすことも出来ず、二人に目を向けたまま茫然として立ち竦む。
「……麗香」
「……」
「帰ってくれ」
「え……」―――――帰ってくれ?
「もうここへは来るな」
更に追い撃ちを掛けたのは、彼の冷たい言葉。
目を見開いて虚脱した私は、信じ難い冷酷な言葉を聞いて石のように佇む。
『ずっと愛している』と誓った唇が、無情な言葉を告げて私を突き放す。
音を立て崩れていく希望。
どうして急に?どうして私にこんな酷い事を?
「酷いよ悠希。約束してくれたのに……」
零れ落ちた涙。沈痛な言葉が頼りなく震えた。
「約束?」
「ずっと側に居てくれるって、何があっても離さないって、そう言ってくれたじゃない!」
彼に叩きつけた嘆きの声。それを聞く陽菜乃の顔が、勝利の確信に満ちていくのが分かる。
男に泣いて縋る格好悪さは自覚している。それでも、悠希と愛し合った時間が偽りだと思いたくない。
あの幸せを終わらせたくない。こんな女に奪われたくない!
頬を伝う涙を手で拭い、海の底に堕ちて行くような沈黙に耐える。
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