サヨナラの音

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「そうね。負け犬がこんな所まで押し掛けてごめんなさい。……それじゃあ、失礼するわ」 陽菜乃を見つめ返す目を細め、平然を装って口端を引き上げる。 彼女と並んで視界に映り込むのは、黙ったまま私を見据え続ける彼の姿。 彼の瞳に見つめられる程、自分を痛ましく思う気持ちが込み上げてくる。 何故そんな目で私を見るの? 私を裏切った罪悪感に駆られているの? それとも、現実を受け入れられずにもがく私を憐れんでいるの? 今のあなたの瞳に映る私の姿は、愛されていた頃の私とは違う。だからもう、私をその瞳に映さないで。 これ以上、プライドと言うメッキまでも剥ぎ取らないで。 苦しさに耐え切れず、彼から逃げようと逸らした視線。 「……さようなら」 掠れた小さな声を落とすと、彼に会いたい一心で息を切らしながら走った道のりを引き返す。 立ち去る敗北者の背中を見届ける二人の視線。 ――――もう泣かない。絶対に泣かない。 カツカツと、足早に歩くヒールの音が夜空に響き渡る。 これで何もかも元通り。だからこれで良かったのよ。 あんな奴の事なんか直ぐに忘れられる。あんな最低男のために、二度と涙なんて流すもんか! 心に誓う言葉とは裏腹に、頬を伝って流れ落ちるのは、愛を失った悲しみに打ちひしがれる無数の涙。 「……ウウッ……ッ……」 溢れ出る嗚咽を手で覆い隠す私は、静寂の中に浮かぶ月に照らされて彼のマンションを後にした。
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