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「いいえ、私は何も聞いていないわ。ただ、悠希くんの気持ちは何となく分かる。これでも私、男心もちゃんと理解してるんだから」
眉間を寄せる私の顔を覗き込み、屈託のない笑顔を咲かせる彼。
「……そう、なんだ」
何処となくはぐらかされた気がしないでも無い。
けれど、よく考えてみたら、悠希と磯崎さんが顔を合わせたのは一度きり。この大人な磯崎さんが、首を突っ込んで悠希のところに押しかけるとも思えない。
それなのに、私は何を期待していたのだろう。
「はぁ……」
先走った感情は圧し折られ、心のため息が声となって落ちる。
「香織ちゃんにも顔を見せてあげなさいよ」
「え……」
「あなた、香織ちゃんの電話もメールも無視してるでしょ?せめて電話くらいしてあげて。ご飯も喉を通っていないんじゃないかって、心配してるわよ」
露骨に嫌な顔をする私を見据え、磯崎さんは宥める様にフッと小さく微笑む。
磯崎さんに打ち明けた翌日だったか、私の携帯電話の着歴に母の番号が残されていた。その後は、電話を催促するメールが一度だけ。
けれど、私は母には連絡をしていない。する気も無い。
母を意識する度に込み上げて来るのは、荒々しく波打つ憤り。
「あの人の顔なんて二度と見たくない。声だって聞きたくないわ」
「麗ちゃん……」
「だって、全部あの人のせいじゃない。ずっと私に父親の正体を隠して。初めから知っていれば悠希に会う事は無かった。こんな苦しい思いをする事もなかった」
「それは、麗ちゃんのお父さんには家庭があって……香織ちゃんだって苦しんだ筈で―――」
「そんなの大人のエゴじゃない!大体、妻子がありながら二人も隠し子を作って、楠木宗次朗も最低な男よ!」
耳障りでしかない、母を擁護する彼の言葉。それを伏して感情のままに声を吐き捨てた。
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