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「私は初めから汚れている。父親の正体を隠すくらいなら、そんな相手の子供なんて産まなきゃ良かったのよ!」
「麗ちゃん!?産まなきゃ良かったって、あなた何てことを―――」
「だってそうでしょ?恋なんて一時的な病。きっと母さんだって、私を産んで本当は後悔してるのよ!」
口を突いて出たのは憎々しい言葉。まるで反抗期の子供が親に食って掛かっている様だ。
自嘲しながらも、抑えきれない苛立ちが悲観的な言葉を生み出していく。
「麗ちゃん……」
磯崎さんから向けられるのは険しい視線。きっと呆れ返っているに違いない。
「今の言葉、本気で言ったなら怒るわよ」
目を逸らしたまま唇を引き結ぶ私の耳に、彼の低い声が押し込まれた。
雲行きの怪しさに物怖じしながら、顔を強張らせてゆっくりと視線を磯崎さんに戻す。
「どうして香織ちゃんがあなたを産んだのか。悠希くんを失った今のあなたなら、その気持ちが解る筈よ」
私に下ろされる真っ直ぐな瞳。
悠希を失った今の私なら……
どんなに好きでも、想い合っていても、二度と触れられない最愛の人。
愛された証を残したいと思うなら、その人の子供が欲しいと願うのが女なのかも知れない。
永遠の愛を信じていた時間は、私も平凡な夢を見ていた。いつかは愛する人の子を―――悠希の子供を産みたいと、擦れた私には不似合いな夢を見ていた。
けれどその夢は、残酷な事実の前で呆気なく崩れ、想う相手は飄々と他の女と結婚しようとしている。
悠希の隣に居るのは私じゃない。いつか悠希の子供を産むのはあの女。
考えても自分を苦しめるだけだと分かっていながら、他の女と歩む悠希の未来を想像しては嫉妬で心を乱す。
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