自慰

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「一時の病なんかじゃない。香織ちゃんが父親の正体を誰にも明かさなかったのは、楠木さんを本気で愛していたからよ。あなたは香織ちゃんにとって愛の結晶。女手一つで育てた苦労は有っても、産んだ事に後悔がある訳が無いじゃない」 頭を優しく撫でる様に掛けられた言葉。 けれど、賑やかな街の中で一人陰気くささを醸し出している私は、慰めてくれる彼を直視できないまま視線を戸惑わせる。 「……どうして。どうして磯崎さんはそんなに私に優しくしてくれるの?」 私は沈黙を破り、見守ってくれている彼を遠慮がちに見る。 「どうしてって、そんなの当り前じゃない。麗ちゃんは私の娘も同然なんだから。でも、優しいだけじゃないわよ。口煩いオヤジと言われても、愛娘が足を踏み外したら全力でそれを止めるわ」 そう言って、目尻に柔らかなしわを刻んで笑う彼。 「解らない……」 磯崎さんと私の間に血の繋がりも無ければ、ましてや私はもう保護が必要な子供でも無い。いい歳した連れ子が男に捨てられようが、男遊びに明け暮れていようが知ったこっちゃ無い筈。 「あなたは母の恋人。なのに、母が楠木さんを本気で愛していたなんて、どうしてそんな平気な顔で言えるの?」 当然のように与えられる優しさが胸を突き、自虐的な感情に押し潰されそうになる。 「どうしてって聞かれても困っちゃうけど。そうね~。強いて言うなら、それが人を本気で愛すると言うことだから―――かな?」 「……本気で愛すること?」 「そう。愛する人の大切な者を自分も愛する。麗ちゃんは香織ちゃんにとって宝物。だから、私にとっても麗ちゃんは宝物。 そして、もしその愛する人に捨てられない過去があるなら、その過去ごと受け止めて大切にしてあげたい。これじゃ説明にならないかしら?」 訝しい顔をした私に躊躇いなく言って、彼は柔らかく微笑んだ。
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