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彼の言葉が心に染み渡る。同時に、突っ返された指輪を手にして、私の前から立ち去った彼の背中が思い出される。
簡単に心移りをされたにも関わらず、笑顔を纏い「さようなら」を言って握手をしてくれた人。
男のプライドを保つための行動だとしても、善人にも程がある。私が彼に与えた屈辱感は計り知れない。
それなのに、彼からの救いの手を掴もうとしている私は、どこまで厚かましく狡い女なのか。
こんな風に優しくして貰える立場では無いと、頭では十分に分かっている筈なのに。
優しく包み込まれる感覚が居心地よくて、荒れた心に静かな風が流れて行くのを感じる。
「私と彼の事、本当はどこまで磯崎さんから聞いてるの?」
悠希の様な鼻筋の通った美しい顔立ちとは違うけれど、さっぱりとしていて、馴染み深さを感じる横顔をジッと見る。
「ん?」
「こんな姿を見せちゃったんだもん。悠希に振られたって白状したのも同然。余計な事をしたなんて磯崎さんを責めたりもしない。だから、もう下手に惚けなくて良いわ」
「ははっ。そうだな。俺は嘘が下手だから」
一泣きして落ち着いた私を見て安堵したのか、ネクタイに指を掛けそれを緩める。
「悠希は今付き合ってる女と結婚して、いつかは病院の経営者になるわ」
「……そうか。麗香が彼氏と別れた話は聞いたが、相手の女性の素性まで事細かくは聞いていない」
「事細かくは聞いていない……」
なら、悠希と私が別れた原因は?姉弟である事も聞いていないとか?
近親相姦をカミングアウトするのは流石に勇気が要る。
けれど、駆け付けてくれた彼に今更隠し事をするのも心苦しい。
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