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「二人が姉弟……なるほど、そう言う事か。やっと繋がった」
深い沈黙が降りた後、不意を突く彼が独り言と思われる言葉を落とした。
そして、未だ考え込んでいるかのように、カウンターの一点に不動の視線を置いている。
「繋がったって、何が繋がったの?」
彼の様子に違和感を覚えた私は、その横顔を刮目して首を傾げる。
「ああ、……いや。そんな酷な話が有るのかと驚いて。卑屈になるなと言う方が無理だ」
石の様に固めていた肩の力を解き、私の視線に応えた彼。
静けさを取り戻したその瞳には、言葉では表すことの出来ない憐れみが映し出されている。
「辛い思いをして来たんだな」
「え……」
「誰にも相談できず、気持ちを押し殺すしか無い毎日は地獄だ。それでも前に進もうとしないのは、過ぎた時間の中にしか幸せが無いと思い込んでいるからだ」
「一之瀬さん……」
そう、私にとって現実は地獄。本当は這い上がりたいと願っているのに、目の前に下ろされた一本の糸も見ようとしない。
闇の中で膝を抱えているだけで、差し伸べられた救いの手を振りほどいてしまう。
それはきっと、悠希を忘れたいのに忘れるのが怖いから。彼への未練が私を地獄に閉じ込める。
虚勢を張り続けてきた心の芯を射抜かれたようで、胸が痛い。
「それはきっと、彼も同じだ」
「……同じ?悠希が地獄の中に居るって言うの?」
「ああ、そうだ」
「まさか。とてもそんな風には見えないわ。私が居る所でも、なに食わぬ顔をして婚約者といちゃつく男よ?」
首を横に振り、口を歪めて薄ら笑う。
「薄情に見える態度の裏には、君への愛情がある筈。きっと、自分が憎まれても守りたいものがあるんだ」
諭すかのように、静かな口調で続ける彼。
「……憎まれても守りたいものって、何なの?
もし、私の未来だとか綺麗事を言うなら、あんな酷いやり方をした必要性が分からない。私達、真実を知ってから一度も話し合ってすらいないのに」
一之瀬さんの気遣いは嬉しい。けれど、根拠の無い慰めに頷く事は出来なくて、再び感情に波が立つ。
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