導きかれし者

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「彼が何を守ろうとしたのか、その答えを見つけるのは麗香、君自身だ」 「私自身って……そんなの無理よ。彼とはもう言葉すら交わせない。それなのに、あの人の気持ちなんて分かりっこないわ」 私が悠希を理解出来ないのに、会ったこともない男を一之瀬さんが理解出来る筈もない。 そんな事は百も承知だけど、答えを掴まえる寸前で肩透かしされた気がして毒気を抜かれる。 「タイムリミットはあと4ヶ月」 「タイムリミット?」 「麗香が答えを見つけだし、晴れて研修を終えるまでの期間。……ERだっけ?同じ場所で仕事をするなら、嫌でも毎日顔を合わせるんだろ?」 「まぁ……そうだけど」 「男の本音は言葉には無い。彼の気持ちを知りたいなら、婚約者と居る時の彼をよく観察してみるといい」 「えっ!?」 陽菜乃と一緒に居る姿を観察!?そんな腹の立つ場面、一番見たくないのに!! けれど、悠希がERに入れば彼女も付いてくると言う噂。そうなれば、嫌でも二人の様子が視界に入り込んで来る。 私を悠希に近づけさせないため教授に媚びたのか、それとも父親が持つ権力を利用したのか、研修先まで細工するところが彼女らしくて虫酸が走る。 「意地悪な課題を与えてくれるわね。今にも研修を放り投げて大学に帰りたいくらいなのに」 苦笑いを浮かべ重いため息を落とす。 「麗香が前進するための課題だ。それに……俺の課題でもある」 「一之瀬さんの課題?悠希の本音が?」 「俺も知りたいんだ。不戦勝で譲られるのは気に食わない。……俺も本気を出させて貰う」 不可解な言葉を連ね、一之瀬さんは口元に笑みを張る。 不戦勝で譲る?本気を出す? 彼の言葉の意味も不敵な笑みの理由も分からない。 「明日も仕事だろ?もう一杯飲んだらタクシーで送るよ」 きょとんとする私の顔を見つめると、彼は穏やかな口調に戻して最後のビールを注文した。
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