7095人が本棚に入れています
本棚に追加
/839ページ
「彼が何を守ろうとしたのか、その答えを見つけるのは麗香、君自身だ」
「私自身って……そんなの無理よ。彼とはもう言葉すら交わせない。それなのに、あの人の気持ちなんて分かりっこないわ」
私が悠希を理解出来ないのに、会ったこともない男を一之瀬さんが理解出来る筈もない。
そんな事は百も承知だけど、答えを掴まえる寸前で肩透かしされた気がして毒気を抜かれる。
「タイムリミットはあと4ヶ月」
「タイムリミット?」
「麗香が答えを見つけだし、晴れて研修を終えるまでの期間。……ERだっけ?同じ場所で仕事をするなら、嫌でも毎日顔を合わせるんだろ?」
「まぁ……そうだけど」
「男の本音は言葉には無い。彼の気持ちを知りたいなら、婚約者と居る時の彼をよく観察してみるといい」
「えっ!?」
陽菜乃と一緒に居る姿を観察!?そんな腹の立つ場面、一番見たくないのに!!
けれど、悠希がERに入れば彼女も付いてくると言う噂。そうなれば、嫌でも二人の様子が視界に入り込んで来る。
私を悠希に近づけさせないため教授に媚びたのか、それとも父親が持つ権力を利用したのか、研修先まで細工するところが彼女らしくて虫酸が走る。
「意地悪な課題を与えてくれるわね。今にも研修を放り投げて大学に帰りたいくらいなのに」
苦笑いを浮かべ重いため息を落とす。
「麗香が前進するための課題だ。それに……俺の課題でもある」
「一之瀬さんの課題?悠希の本音が?」
「俺も知りたいんだ。不戦勝で譲られるのは気に食わない。……俺も本気を出させて貰う」
不可解な言葉を連ね、一之瀬さんは口元に笑みを張る。
不戦勝で譲る?本気を出す?
彼の言葉の意味も不敵な笑みの理由も分からない。
「明日も仕事だろ?もう一杯飲んだらタクシーで送るよ」
きょとんとする私の顔を見つめると、彼は穏やかな口調に戻して最後のビールを注文した。
最初のコメントを投稿しよう!