導きかれし者

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彼の囁くような優しさが心を擽り、どんな顔をして良いのか分からずに戸惑う。 「これ以上は甘やかさないでよ。また涙腺が緩んじゃう。泣き虫なお子ちゃまだから」 照れ隠しに満面の笑みを浮かべ、手に持っていたショルダーバッグを肩に掛け直した。 「泣きたい時は泣けば良い。涙の数だけ強くなれるよ――って、確かそんな歌あったよな?川崎麻〇だっけ?」 「違う!岡〇真夜!」 突拍子もないボケに思わず吹き出す。 「そうだそうだ。それそれ。ちょっとマヨ違い」 「全然違うし!しかも古っ!ナツメロ!」 「ナツメロじゃない!仕方ないだろ、俺は昭和の人間なんだ!」 「ああ、それもそうね」 「だろ?」 あどけなく笑う彼があまりに可笑しくて、再び失笑し肩を揺らす。 「ーーーじゃ、またな。頑張れ、麗香。自分を嫌いになるなよ」 私の様子を見つめる彼が、穏やかな表情をして言葉を添える。 「うん、ありがとう。またね。一之瀬さんも仕事頑張って」 束の間の安堵を得た私は深く息を吸い込み、肩の力を抜いて彼の笑顔に応える。 途切れる事の無いネオンの中に消えていくタクシー。置き去りにされた空き缶の如くそこに突っ立つと、聞き慣れた単調なざわめきが、海の音の様に耳に流れ込んでくる。 いつか私も、一之瀬さんの様に、磯崎さんの様に器の大きな人間になれるだろうか。 過ぎ去った時間を思い出だと、笑って話せるだろうか。そしていつの日か、悠希と笑い合えるだろうか。 彼の本当の気持ちを知りたい。彼が守ろうとしたものが何かを知りたい。 苦しくても彼から目を逸らさず、逃げ出さずに居たら、未来を照す何かが見えてくる? 未練を断ち切って私は前に進めるの? 「教えてよ、悠希……」 重いため息をついてふと足元に視線を落とすと、街路樹とアスファルトとの境界に咲くキキョウソウが目に映る。街灯に照らされる紫色の小さな花。 「アスファルトに咲く花のように……か。ひっそりと生きていくなんて性に合わない。私は踏まれたら踏み返してやるわよ」 踏まれたら粉々に砕けそうな強がりを吐いた私は、唇をキュッと引き結び、夜の街にヒールの音を響かせた。
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